ライスシャワー
〜淀に咲き淀に散ったステイヤー〜
ライスシャワーは91年新潟競馬場でデビュー戦で勝利を挙げ、更に3戦目の芙蓉Sも勝ち、上々のスタートをきる事になる。しかし、その後故障が発覚し長期休養をはさむ事となる。再びターフに姿を現したのは、春のクラシックを間近に控えた皐月賞トライアル・スプリングS。このレースで、ライスシャワーの前に1頭の馬が立ちはだかる。
その馬の名はミホノブルボン。前年の朝日杯3歳S(現:朝日杯フューチュリティーS)の覇者、つまり3歳チャンピオンがスプリングSを4歳緒戦に選んだのだ。ミホノブルボンは8戦の戦績の中で、唯一1番人気を譲ったレースだったが難なく勝利。一方ライスシャワーは長期休養明けという事で12番人気ながらも4着。この年の牡馬クラシックを盛り上げる2頭は、こうしてスタートをきる事になる。
クラシック第1弾皐月賞、ブルボンは1番人気に応え勝利。ライスシャワーはこのレースから、生涯のパートナーとなる的場均騎手が手綱をとったものの8着。続くダービートライアル・NHK杯も全くいい所なく8着。しかしライスシャワー陣営は気落ちしてなかったという。その理由は距離延長にある。皐月賞が2000メートルなのに対し、日本ダービーは2400メートルのレースである。ミホノブルボンは距離延長不安説がささやかれていたが、ライスシャワーは父にリアルシャダイを持つ長距離血統なのである。そして迎えた日本ダービー。ブルボンは距離が不安視されていても1番人気、ライスシャワーは皐月賞・NHK杯の惨敗が影響し18頭中16番人気。道中はブルボンが先頭でレースを引っ張り、ライスシャワーが2番手で追走という形で進んでいく。4角でライスシャワーはブルボンを捕らえにかかるが、ブルボンはそこからライスシャワー以下を突き放し、4馬身差をつけてゴール。ライスシャワーは一旦マヤノペトリュースに交わされるものの、差し返し2着を確保。馬連29580円を演出する事になる。
夏をすごしたライスシャワーは、菊花賞トライアル・セントライト記念から始動する事になる。このレースで2着し、次のレースに同じく菊花賞トライアルである京都新聞杯に出走する。ここでブルボンと4度目の対決となる。このレースでもブルボンの後塵を拝する事になるが、ダービーでは4馬身あった着差が1 1/2馬身にまで縮まっていたのだ。2200メートルの京都新聞杯より800メートルも長い菊花賞ならライスシャワーの逆転は充分にあった。それでも、世間はシンボリルドルフ以来の3冠馬の誕生を期待していた。クラシック3冠の最終レース菊花賞は、キョウエイボーガンがハナに立ち、レースを引っ張るという形で始まった。ブルボンは終始2番手で口を割りながら走っている場面も見受けられたが、ライスシャワーは5番手でブルボンをじっくりマークしながら追走。ライスシャワーは4角で先頭に立ったブルボンに外から強襲し、残り100メートルでついに宿敵ブルボンを交わしそのままゴール。京都競馬場には悲鳴にも似た喚声があがることになる。
4歳世代の代表格として出走した有馬記念では、馬群中ほどを走る1番人気馬トウカイテイオーを他の人気馬がマークするというレース展開だったが、テイオーは道中で故障を発生し11着。ライスシャワーも脚を余したままメジロパーマーに逃げられてしまい8着。
明けて5歳は目黒記念からの始動、59キロを初めて背負いながらも最後は伸びて2着確保。続く日経賞では、3角先頭に立つとそのまま押し切ってゴール。前哨戦勝利という最高の形で、古場最高峰のレースである天皇賞(春)に出走する事になったライスシャワーは、当時の現役最強場とも言える馬に挑戦状をたたきつける事になる。その馬の名はメジロマックイーン。菊花賞を勝ち、去年・一昨年と天皇賞(春)を連覇した馬である。前人未到の天皇賞(春)3連覇、鞍上の武豊騎手は天皇賞(春)5連覇がかかるというレースだったのだ。
レースはメジロパーマーが逃げ、その後ろにマックイーン、そしてその後ろにライスシャワーが位置するという形。ライスシャワーは相手をマックイーン只1頭と言わんばかりのマークをする。そして最終コーナー残り300メートル地点でマックイーンを交わす。この時、実況の杉本清氏は「もう一度マックイーン!!今年だけもう一度頑張れマックイーン!!」と言っているように、観客の大多数はマックイーンの天皇賞3連覇を信じていたのだ。
菊花賞でブルボンの3冠を、天皇賞(春)でマックイーンの同レース3連覇を阻止したライスシャワー。2度も大記録を阻んだ場所はいずれも京都競馬場であった事から「関東からの刺客」、徹底したマーク戦法による勝利の為「ヒットマン」といったような、悪役イメージのニックネームをもらってしまった。
しかし、このレース以後ライスシャワーは極度のスランプに陥ってしまう。倒すべきライバルがいなくなってしまったからだろうか。秋緒戦のオールカマーではツインターボの逃げ切られ3着。その後も天皇賞(秋)6着、ジャパンカップ14着、有馬記念8着と全くいいところは無かった。
6歳時は京都記念を一叩きし、去年同様天皇賞の前哨戦として日経賞を選ぶ。このレースではステージチャンプにハナ差で敗れるものの、ステージチャンプとの斤量差3キロを考えると、復調を感じさせるには充分な内容だった。しかし、その後骨折が発覚。天皇賞(春)は勿論の事、天皇賞(秋)も出走はできなかった。暮れの有馬記念で復帰を果たすが、2歳下の3冠馬ナリタブライアン・女傑ヒシアマゾンに続く3着止まり。
そして7歳、去年と同様に京都記念→日経賞というローテーションをこなすが、2レースとも6着に惨敗。天皇賞への見通しは非常に暗かったのだが、一陣の光明が射してくる。天皇賞の大本命になるだろうと思われていたナリタブライアンが故障で回避という事になったのだ。この事態により、天皇賞戦線は混戦ムードになってきた。過去の実績・距離適正を考えると、やはりライスシャワーがトップに来るのだが、前2走があまりにも不調だったので、天皇賞出走馬18頭中唯一のGT馬ながらも4番人気に甘んじるという屈辱を味わう事になる。
そして、第111回天皇賞が発走する。ここでライスシャワーは2周目第3コーナーの手前でロングスパートをかけるという、坂のある3コーナーではゆっくり下るという京都競馬場の鉄則を破る離れ業をやってのける。直線に入りセーフティーリードを確保したかと思ったが、大外からステージチャンプの強襲にあう。同時にゴール、そしてガッツポーズをするステージチャンプ鞍上の蛯名正義騎手。一瞬交わされたかと思ったが、これが蛯名騎手の大チョンボで、実はライスシャワーがハナ差凌いでいたのだ。去年の日経賞の借りをGTの舞台で返す事ができたのだ。約2年振りの勝利、実況は2年前に第107回天皇賞(春)を制した時と同じ杉本清氏。杉本アナは道中「マックイーンもミホノブルボンも恐らく応援しているんではないかと思います」と言ったり、ライスシャワーが1位入線した時「恐らくマックイーンもミホノブルボンも喜んでいるでしょう」と言ったように、実況も観客も味方につけたGT勝利だった。
GT3勝目を挙げたものの、いずれも3000メートル以上の長距離レースでの勝利だった為、種牡馬としての需要が少ないのではないかと思った陣営は、何が何でも中長距離のGTをライスシャワーにプレゼントしたかった。天皇賞(秋)はライスシャワーにとって少し距離が短いし、ジャパンカップでは相手のレベルが格段に上がる。そうなると春のグランプリレース宝塚記念か、一年の総締めレース有馬記念のどちらかで勝利をモノにしないといけない事になる。しかし、暮れの有馬記念ではナリタブライアンが恐らく復帰して勝つ事は容易ではないだろう。今まで、悪役キャラだったライスシャワーだが、宝塚記念ファン投票で見事1位に選出される。自身の種牡馬としての地位を確立する為に、宝塚記念に出走する事になる。
ここから先は正直書きたくないのだが、この宝塚記念を書かないとライスシャワーという馬を伝える事ができないので書く事にする。宝塚記念は2200メートルということもあり、ライスシャワーは3番人気に指示されていた。スタート後は、いつもの通り中団やや前の好位置をキープする。しかし第3コーナーで悪夢は突如やってきた。的場騎手の落馬、そして故障発生、ライスシャワーの骨折はそのまま安楽死処分をとられる事となった。種牡馬として成功する為に出走したこのレースで、ライスシャワーは子供を作ることなく天に召されてしまった。奇しくもその場所は、従来宝塚記念が行われる阪神競馬場ではなく、菊花賞・2度の天皇賞(春)で栄光を勝ち取った京都競馬場であった(95年は阪神大震災の為、京都競馬場で代替開催されていた)。第111回天皇賞から43日後、6月4日の事である。
戦績表
| 開催日 |
競馬場 |
グレード |
レース名 |
距離 |
馬場 |
斤量 |
騎手 |
人気 |
着順 |
着差 |
タイム |
2着(1着)馬 |
| 91/8/10 |
新潟 |
|
新馬 |
芝1000 |
良 |
50 |
水野貴広 |
2 |
1 |
首 |
58.6 |
ダイイチリユモン |
| 91/9/1 |
新潟 |
GV |
新潟3歳S |
芝1200 |
良 |
53 |
菅原泰夫 |
3 |
11 |
5 |
1.11.7 |
(ユートジェーン) |
| 91/9/21 |
中山 |
OP |
芙蓉S |
芝1600 |
重 |
53 |
水野貴広 |
2 |
1 |
頭 |
1.36.1 |
アララットサン |
| 92/3/29 |
中山 |
GU |
スプリングS |
芝1800 |
重 |
56 |
柴田政人 |
12 |
4 |
9 |
1.51.7 |
(ミホノブルボン) |
| 92/4/19 |
中山 |
GT |
皐月賞 |
芝2000 |
良 |
57 |
的場均 |
11 |
8 |
8 |
2.02.8 |
(ミホノブルボン) |
| 92/5/10 |
東京 |
GU |
NHK杯 |
芝2000 |
重 |
56 |
的場均 |
9 |
8 |
4 1/4 |
2.03.4 |
(ナリタタイセイ) |
| 92/5/31 |
東京 |
GT |
東京優駿(日本ダービー) |
芝2400 |
稍重 |
57 |
的場均 |
16 |
2 |
4 |
2.28.5 |
(ミホノブルボン) |
| 92/9/27 |
中山 |
GU |
セントライト記念 |
芝2200 |
良 |
56 |
田中勝春 |
3 |
2 |
頭 |
2.13.6 |
(レガシーワールド) |
| 92/10/18 |
京都 |
GU |
京都新聞杯 |
芝2200 |
良 |
57 |
的場均 |
2 |
2 |
1 1/2 |
2.12.2 |
(ミホノブルボン) |
| 92/11/8 |
京都 |
GT |
菊花賞 |
芝3000 |
良 |
57 |
的場均 |
2 |
1 |
1 1/4 |
3.05.0 |
ミホノブルボン |
| 92/12/27 |
中山 |
GT |
有馬記念 |
芝2500 |
良 |
55 |
的場均 |
2 |
8 |
3 1/2 |
2.34.1 |
(メジロパーマー) |
| 93/2/21 |
東京 |
GU |
目黒記念 |
芝2500 |
良 |
59 |
的場均 |
2 |
2 |
2 1/2 |
2.32.8 |
(マチカネタンホイザ) |
| 93/3/21 |
中山 |
GU |
日経賞 |
芝2500 |
良 |
58 |
的場均 |
1 |
1 |
2 1/2 |
2.35.8 |
イタリアンカラー |
| 93/4/25 |
京都 |
GT |
天皇賞(春) |
芝3200 |
良 |
58 |
的場均 |
2 |
1 |
2 1/2 |
3.17.1 |
メジロマックイーン |
| 93/9/19 |
中山 |
GV |
オールカマー |
芝2200 |
良 |
57 |
的場均 |
1 |
3 |
6 |
2.13.6 |
(ツインターボ) |
| 93/10/31 |
東京 |
GT |
天皇賞(秋) |
芝2000 |
良 |
58 |
的場均 |
1 |
6 |
4 |
1.59.6 |
(ヤマニンゼファー) |
| 93/11/28 |
東京 |
GT |
ジャパンカップ |
芝2400 |
良 |
57 |
的場均 |
7 |
14 |
9 |
2.25.9 |
(レガシーワールド) |
| 93/12/26 |
中山 |
GT |
有馬記念 |
芝2500 |
良 |
57 |
的場均 |
5 |
8 |
7 |
2.32.1 |
(トウカイテイオー) |
| 94/2/13 |
阪神 |
GU |
京都記念 |
芝2200 |
稍重 |
60 |
的場均 |
2 |
5 |
10 |
2.18.3 |
(ビワハヤヒデ) |
| 94/3/20 |
中山 |
GU |
日経賞 |
芝2500 |
良 |
59 |
的場均 |
2 |
2 |
ハナ |
2.32.8 |
(ステージチャンプ) |
| 94/12/25 |
中山 |
GT |
有馬記念 |
芝2500 |
良 |
56 |
的場均 |
4 |
3 |
6 |
2.33.1 |
(ナリタブライアン) |
| 95/2/12 |
京都 |
GU |
京都記念 |
芝2200 |
良 |
60 |
的場均 |
1 |
6 |
4 1/2 |
2.12.5 |
(ワコーチカコ) |
| 95/3/19 |
中山 |
GU |
日経賞 |
芝2500 |
不良 |
59 |
的場均 |
1 |
6 |
8 |
2.42.3 |
(インターライナー) |
| 95/4/23 |
京都 |
GT |
天皇賞(春) |
芝3200 |
重 |
58 |
的場均 |
4 |
1 |
ハナ |
3.19.9 |
ステージチャンプ |
| 95/6/4 |
京都 |
GT |
宝塚記念 |
芝2200 |
稍重 |
56 |
的場均 |
3 |
|
競走中止 |
|
(ダンツシアトル) |
通算成績 25戦6勝
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