J鉄局TOP>珍車ギャラリー>北近畿タンゴ鉄道 タンゴディスカバリー KTR8000形 8001
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| 北近畿タンゴ鉄道 KTR8000形 kTR8001 撮影 1996.5.5 大阪駅 |
北近畿タンゴ鉄道 KTR8000形 kTR8002 撮影 1996.5.5 大阪駅 |
本来の力を発揮できる機会を「発見」することはできるのか-北近畿タンゴ鉄道KTR8000形-
1996年3月、宮福線および宮津線の宮津 - 天橋立間が電化開業。
JR西日本の電車特急「はしだて」「文殊」の直通運転が始まりました。
北近畿タンゴ鉄道も特急「タンゴディスカバリー」の運転を開始することになりました。充当されたのはKTR8000形気動車です。
電車でなかったのは、非電化区間である天橋立以遠の久美浜まで直通運転するためです。
日本三景である天橋立より一歩踏み込んで、丹後地方の魅力を発見(Discover)して欲しい
という願いを込めたネーミングです。
1996年に2連×5本=10両が富士重工業で製造されました。
うち8001~ 8004の8000番台(2連×2本)は、JR西日本の183系電車と併結を可能にしました。
ただし、併結時は被牽引でブレーキのみ協調運転です。
このパターンは485系雷鳥+キロ65形ゆうトピアからみられるもので、
183系北近畿+キハ65形600番台エーデル丹後でも混結運転していました。
タンゴディスカバリーはこのエーデル丹後の後継車両という位置付けになります。
1996年のデビュー当時は、新大阪 - 久美浜間の特急「タンゴディスカバリー」として
新大阪 - 福知山間は、特急「北近畿」の最後尾に連結して牽引され、
北近畿タンゴ鉄道線内は自走する、というパターンで運行されました。
JR車両が3セク鉄道の車両と混結して走るという珍しい例です。
加えて、かたや電車、もう一方は気動車というのですから,極めつけの珍編成です。
1999年10月、JR舞鶴線の電化開業にともない、
京都発だった「タンゴエクスプローラー(KTR001形)」と
新大阪発だった「タンゴディスカバリー(KTR8000形)」の運転系統と使用車両を入れ替えることになりました。
KTR8000形の前面貫通構造を活かして、
綾部駅で東舞鶴ゆき「まいづる」と宮津、豊岡行きの「はしだて」を分割併合運用を行なうためです。
なお同列車は2011年3月まで「タンゴディスカバリー」の愛称で運行されていました。
ところで京都発になったタンゴディスカバリーですが、183系電車と混結することはありませんでした。
なぜでしょう?
答えは簡単です。引っ張る側の183系電車が短編成だったからです。
もし協調運転できる能力があれば、話は違っていたと思います。
KTR8000形は120km/hで自走できる実力の持ち主だっただけに残念です。
結局2連+2連で足りてしまうスジをあてがわれてしまったような気がしてなりません。
北近畿タンゴ鉄道線内への連絡特急「たんごリレー」にも使用されるようになったKTR8000形なのですが、
実は、これが彼女らに与えられた本来の使命でもあったようです。
参考文献によると、コンセプトは「ゆっくり、ゆったり、優雅に旅を」で
京阪神からの電車特急と天橋立駅でリレーするための車両だ。
とあります。これはこれですばらしい。
でも、それなら、330PSのエンジンを各車に2基ずつ搭載する意味はありません。
また電車との併結のため、KTR8000形の連結器は電車と同様の密着連結器です。
(非併結仕様の8010番台も同じ)
結果、北近畿タンゴ鉄道に所属する他系列車との連結は不可能となっているのです。
これも、今となってはノーメリットです。
なんかちぐはぐです。
北近畿タンゴ鉄道は、3セク鉄道の中でもとりわけ厳しい経営環境に置かれています。
高速道路網の充実に加え、料金の無料実験等が大きく影を落としているように私は思えます。
政策に翻弄される彼女たちが、
本来の力を発揮できる機会を「発見」することはできるのでしょうか?
参考文献;鉄道ピクトリアル 「新車年鑑1996年版」No628 .
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