2009年8月4日(火)[KENT HABER]
あぁ、空からサンダルが降ってきたー!

ペガサス航空のアクティヴィティの一環としてアンタルヤで始まった「空からビーチへサプライズ・プレゼント投下」はオリュデニズでも実現した。

イカルス・アヴィエーションのパイロット、アーリム・ユルドゥルムはモーター・パラグライダーでオリュデニズ上空を飛び、ベルジェイズとクムブルヌのビーチで日光浴を楽しんでいる観光客たちに向け、小さなパラシュートつきのサプライズ・プレゼントの詰まったバッグを投下した。

国内観光客のほかイギリス人たちがプレゼントを取ろうと走り回ると、ビーチのあちらこちらでちょっとした混乱となった。海中やゾーチに落ちてきたプレゼントのバッグの多くからは、ビーチサンダルが出てきた。

1時間の間に小さなパラシュートでばら撒かれたプレゼントは300個。関係者の話によると、ペガサス航空のこのプロモーションは、マルマリス、ボドゥルム、チェシュメでも行なわれ、8月15日アラチャトゥが最終となると
言う。

イカルス・アヴィエーションのアーリムさんは、2005年に私が初めてパラグライディング体験をした時のパイロットです。元気に活躍されているようで、よかった♪
2008年10月13日(月)[Akyaka Belediyesi Resmi Web Sitesi(アクヤカ市公式サイト)]
偉大な建築家を失った

アクヤカの家々の建築家であり詩人であったナイル・チャクランを我々は失った。埋葬は10月13日月曜日に行なわれた。葬儀は親しい友人たち、親戚が参列し、彼の胸像が建てられているユジェレン・ホテルの庭で始まった。
アフメット・アルトゥパルマック・ムーラ県知事、アフメット・チャルジャ・アクヤカ市長らが追悼の辞を述べたあと、亡骸はアクヤカ・ジャーミーへ運ばれ、アクヤカ墓地に葬られた。

1910年にウラで生まれたナイル・チャクランは、初等教育をウラで、中等教育をコンヤで受けた。1927年コンヤで「ケルヴァン誌」を発行。その後イスタンブルに移り「月間写真誌」に就職。かたわらイスタンブル大学哲学科で学業も継続した。1930年ナーズム・ヒクメットと共に「1+1=1」という詩集を出版。またモスクワの大学にて社会主義と経済を学んだ。1937年政治的理由から帰国を余儀なくされ、1938年より「タン紙」の記者となる。考古学者ハーレット・チャムベルと結婚、夫人の研究にも参加した。1970年医者の勧めに従って夫人とともにアクヤカへ転居。休養でき、またゆったりと仕事のできる家が必要となった。アクヤカに約2ヘクタールの土地を買い、二人の棟梁の力を借りて建築に取り掛かった。
トルコの伝統的建築の特徴を今日の生活に生かし、また周囲の自然と一体化したこの小さな家はその卓越した美学が見る人々の心を打った。次々と建築依頼が来た。友人らが自らのために、また後には観光業者らも建築を望んだ。
1983年アーガー・ハーン建築賞にふさわしいとされた彼の家は博物館となる。ムーラのキュルテュル・エヴィ(カルチャー・ハウス)、レトーニア、モンタナといった大きな休暇村、ギョコワ、ダルヤン、ボドゥルム、ダッチャそしてフェティエに残る素晴らしい建築物によって過去の価値を今日そして未来へと繋いだ伝説の人物である。


2008年9月4日(木)[KENT HABER]
フェティエは今「泥風呂」が人気

フェティエは青い海とまぶしい太陽で旅人を引き寄せる土地だが、同時にネイチャー・ツーリズムへの注目度も高い。様々なオプションの中で最も人気を集めているのがサファリ・ツアーとこのツアーに含まれる泥風呂である。フェティエを朝出発し、サクルケントを経由し、エシェン川の泥風呂で締めくくるツアーは大人気である。フェティエの中心地にある様々なツアー会社が用意した日帰りのジープ・サファリに参加した旅行者たちは、全身泥まみれになって、人生で最高に面白い体験をする。
エシェン川の泥風呂は、健康にも美容にもよいと信じられている。およそ半時間泥風呂に浸かった後は、世界的にも有名なパタラ・ビーチで体を洗い、海を楽しめるツアーだ。




サクルケントの写真⇒http://www.hcn.zaq.ne.jp/fethiye-turkey/image/saklikent_album.html
2008年8月27日(水)[Sabah]

クズ・クム伝説

見た者を魅了するクズ・クム(「娘の砂」の意)

ムーラ県マルマリスのオルハニエにあるクズ・クムは、600mに渡って水中の赤い砂の上を歩くことができ、遠くから見るとまるで水上を歩いているようだ。この上なく美しい入り江に見られるクズ・クムには面白い伝説がある。

その昔この地方を治めていた王の娘が貧しい猟師と知り合い、恋に落ちた。しかし愛し合う二人の結婚に王は反対した。王の反対にもかかわらず若い恋人たちはひそかに逢瀬を重ねていた。やがてこれに気づいた王は兵士たちに命じて王女の後をつけさせた。

兵士は見てきたことを王に報告した。猟師の若者は海から戻ると砂浜で王女を待ち、明かりで合図を送って二人が落ち合っていたことを知ると、王は怒り、娘さえ許さなかった。ある夜娘を捕らえた王は、明かりで合図するよう兵士に命令した。明かりを見た若者は兵士の潜む洞窟へと急いだ。一方王女は兵士の手を逃れ、恋人を救おうとしたが、入り江の向こう側に行くことは不可能だった。しかし王女は愛のため海に飛び込んだ。と、その瞬間奇跡が起こったのだ。

娘が足を踏み出す場所は砂地に変った。娘を追ってきた兵士たちはというと、海に沈んでいった。娘は小舟にたどりつき、恋人と抱きあった。ところが射られた矢の一本が娘に刺さり、海は流れ出した娘の血で赤く染められた。猟師の若者は娘を抱いて舟で去っていき、その後誰一人として彼らを見た者はいない。その日から入り江はクズ・クム(娘の砂)と呼ばれている。



Sabah紙に、上の写真のほかにも素晴らしい写真が掲載されていますので、こちらをどうぞ。
今年6月に訪れたセリミエのページでも少し触れています。

2008年8月19日(火)[KENT HABER]
ダラマンに巨大リゾートホテル

アメリカのホテル・チェーン、ヒルトンは、1億ユーロを投じ、ギョチアイ・ツーリズムと提携してトルコで初のリゾートホテルをダラマンに建設することとなった。

この「ヒルトン・ダラマン・ゴルフリゾート&スパ」はダラマンのサルゲルメ・ビーチに2009年半ば完成予定である。52のスイートを初めとして384の部屋とプライベート・ビーチ、船着場を持つリゾートホテルには、3万1千㎡のウェルネス・クラブ、スパ、18ホールのゴルフ場も併設される。

ヒルトンはアメリカ国内で10の、国外で33のリゾートホテルを経営し、一方1979年設立されたギョチアイ・グループは空港、橋梁、高速道路、トンネル、ダムなどの建設プロジェクトに携わっている。

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ダラマン空港が拡張されて立派な国際線ターミナルが完成し、ヨーロッパからますます観光客が増え、彼らのニーズに応えるべくゴージャスなリゾートホテルを建設し・・・物価が上がり、庶民は取り残され、美しい自然は改造され・・・勝手な思いかもしれないけれど、ムーラはいつまでも長閑であってほしいなぁ・・・

2008年5月2日(金)[KENT HABER]
出足好調のシーズン

今年4月までに空路または海路でムーラ地方を訪れた外国人旅行者は、昨年同時期を25%上回り、12万3千人に達した。
ムーラ県リュトフィ・イーエンオール知事は、今年の目標数300万人を達成できると見込んでいる。昨年1~4月には空路海路による外国人旅行者数は9万8300人だった。

今年はダラマン空港49857人、ミラス-ボドゥルム空港42296人を初めとして92153人が空の便を利用し、31108人がマルマリス、ボドゥルム、フェティエ、ダッチャ、ギュルリュック、トゥルグットレイス、ヤルカワクへ入港している。こうした外国人旅行者のうち51189人がイギリス人でトップを占め、次いでオランダ人14043人、ドイツ人9642人、フランス人9348人、イスラエル人7152人となっている。


ロシア人も結構多いはずなのですが、上位には入っていないですね。日本人は、さて何人ぐらい訪れているのでしょうか・・・?マルマリス、ボドゥルムあたりは行かれる方も比較的多いと思いますが、昨年はアクヤカでもフェティエでも日本人は全く見かけませんでした。
2008年4月23日(水)

フェティエからロドス島へ

フェティエとロドス島を結ぶハイドロフォイル「フライングポセイドン」は今年は5月1日運行開始する。
当面火曜・木曜の週2便だが、シーズンには土曜を除く毎日運行される。
チケットはフェティエ港近くにあるイェシル・ダルヤン・ツリズムYesil Dalyan Turizim で購入可能。

※イェシル・ダルヤン・ツリズムは、フェティエ港の桟橋正面に立つデデオール・ホテルOtel Dedeoglu前の道をホテルに向かって右へ1~2分の所です。2006年に私がロドスに行った時もお世話になりました。ボラさんの友人のオフィスです。
その年は6月20日が運行初日でした。ワールドカップと重なって観光客の極端に少ないシーズンだったからかもしれません。今シーズンは出足がかなり好調のようです。

     
(2006年6月の写真から)              左の建物がデデオール・ホテル

2008年4月13日(日)[TurkiyeTurizim Com.]
アンティーク・ティヤトロ(古代劇場)修復工事の入札4月14日に

1960年代フェティエ港の埋め立てのため多くの石柱が海に沈められたフェティエ(テルメッソス)古代劇場の修復工事の入札が行なわれる。5000年の歴史を持つこの劇場は、今日まで多くの団体、組織が修復を約束していたにもかかわらず、いまだ実現していない。
フェティエのベフチェット・サアトチ市長は「ここはトルコの、海に隣接する最古の劇場という特徴を持っている。この場所を再び活性化し、あるいは人々が見に訪れられるよう整備したい。」と話している。



また、フェティエ博物館イブラヒム・マルコチ館長は、地域の歴史上重要なテルメッソス古代劇場の修復は必須であり、文化観光省に再々文書を送っていることを明らかにした。マルコチ館長は、トルコには保護が待たれている文化的財産が非常に多いため、フェティエにはまだ順番が回ってこないと話す。

ローマ時代初期に建設され、紀元後2世紀に修復されたテルメッソス古代劇場は、観光都市フェティエの中心部に位置する。ビザンツ時代には競技場として使われた6000人収容の劇場は、海に隣接するトルコで最古のものであり、フェティエの歴史に光を当てる最も重要な遺跡であるにもかかわらず、長らく関心を持たれずに放置されてきた。

1960年代多くの石柱が港の埋め立て資材として使われ、1990年代までセメントの下に埋もれていた。さらにその上に家も建築されていたが、1991年の発掘調査で再び地上に姿を現した。

昨年TÜRSAB(トルコ旅行代理店協会)が修復を求め、M.テメル・コチャックラル前知事とTURSABバシャラン・ウルソイ会長により2008年の修復工事開始が発表されている。

2008年3月4日(火)[Hurriyet]
アザラシのバーデムに触れないで

アイドゥンのディディム海岸で傷ついたところを発見され、海底調査協会・地中海アザラシ調査グループによる治療を受けて9ヵ月前ギョコワで海に帰された「バーデム(アーモンドの意味)」というアザラシが15日間アクヤカを住処にしている。

猟師らの後を追ってアクヤカまで移動して来たバーデムは、旅行者たちの注目の的だ。

アクヤカのアフメット・チャルジャ市長は、旅行者に「バーデムに触らないで。また健康を害するような食べ物は与えないで」と呼びかけている。市長はまた「このアザラシは、魚保護のため我々やジャンダルマ(保安隊)が強い関心を抱いている任務を果たしてくれている。この地域の海岸が非常に美しいため、バーデムが住処として選んでくれて幸せだ。」と話す。バーデムは海に放されてまもなくダッチャやマルマリスで目撃されている。

【してはいけないこと】
愛嬌ある地中海アザラシは、とりわけ子供たちの人気者です。しかし子供をバーデムに近づけすぎると子供にもバーデムにも害を与えることになります。

第一にバーデムは「ペット」ではありません。野生の環境に適応するため人間には慣れさせず、人間との距離を置かなければなりません。

第二に子供たちは、野生動物を「擬人化」して考えます。バーデムが生態系の一部であること、「地中海アザラシ」であることを理解させる必要があります。

興味があるあまりバーデムに触ると、バーデムの気分を悪くし、新陳代謝にも悪影響を与えます。

バーデムからできる限り遠く離れていること、それがバーデムのためになる一番のことです。

2008年1月5日(土)[KENT HABER]
フェティエは夏の日差し

国内の大部分が雪に見舞われている中、フェティエのオリュデニズでは夏の名残を留めるような陽気だ。

オリュデニズを訪れている内外の旅行者たちは、海に入ったり、パラグライディングをするなどしている。とりわけ子供たちは真冬に海に入れるとあって大喜びだ。国内外から絶え間なく多くの旅行者が訪れるオリュデニズへ2週間のクルージングで来ているイギリスのジョンソン一家は「ここは天国のようにすばらしい。夏はいつまでも終わらない。テレビを見るとトルコの他の地域は雪と雨に見舞われているようだが、ここの太陽と海を見ているととても信じられない」と言う。

オリュデニズでは一週間この好天気が続くそうだ。


※とはいえ、21~2℃
日本人が泳ぐにはツライ温度ですねぇ。
2007年9月15日(土)[Land of Lights]
ババダーにロープウェイ計画

フェティエ知事、オリュデニズ区長らがババダーのロープウェイ建設計画実現のため、ケメル(アンタルヤ)の標高2365メートルに作られたタフタル・ロープウェイを視察した。ババターではロープウェイの建設がパラグライディングのためだけではなく、山頂からのパノラマを楽しむ人々のためにも望まれているという。ヒサールオニュのバーテペからババダー山頂を結ぶ2500メートルのケーブルが完成すれば、フェティエとオリュデニズは空で結ばれることになる。

←ケメルのロープウェイ

※いやぁ、この計画楽しみです!ただちょっと心配なのは、パラグライディングの邪魔にはならないですよねぇ・・・心配しすぎ?
2007年7月24日(火)~7月31日(火)
フェティエでメブラーナ公演

世界メヴラーナ年の活動の一環として、7/24から1週間フェティエのパスパトゥル・チャルシュで公演が行なわれました。実は先月私がフェティエに滞在中チャルシュでこのイベントの案内を配っている方にお会いしました。チャルシュの経営者たちの熱心な働きかけでフェティエでの公演が実現したということです。[7/24付Kent Haberから]


エジェサライでスペシャル・ロマンチック・ナイト

一度は泊まってみたいと憧れつつも予算的に却下となってしまい、未だマリーナのオープンカフェとホテルのトイレしか利用したことのない「エジェサライ・マリーナ&リゾート・ホテル」。
8月12日の夜、宿泊客に素敵なイベントを用意しています。それは、豪華なボートに乗って街の明かりを離れ、ペルセウス流星群を楽しむというツアー。宿泊客は40ユーロ、宿泊客以外は60ユーロで参加できるそうです。[7/31付Land of Lightsから]

2007年5月21日(日)[KENT HABER]
フェティエ古代劇場の修復

今日までスポンサー会社からの申し出があったにもかかわらず、修復が全く実現していないフェティエ古代劇場の修復をTURSAB(トルコ旅行代理店協会)が担うこととなった。ムーラ県のテメル・コチャックラル知事を訪れたTURSABのバシャラン・ウルソイ会長は、その歴史や遺跡が重要なものであると述べ、またこうした場所を観光に役立てるため物心両面にわたって支援すると語った。ウルソイ氏は「観光の目的は単に海や砂浜、太陽だけではない。ムーラは歴史や遺跡をとっても魅力的な観光の中心だ。我々はTURASBとしてこうした地域を重視している。これらの中にあってフェティエ市の中心にある古代劇場を修復するため、知事からの提案があった。来年には修復作業を始めたい」と述べた。
コチャックラル知事もまた、TURSAB会長が文化や歴史を極めて重要視していると述べて「ウルソイ氏とはマルディンで非常によい仕事をした。ムーラ県に赴任した当初に私を訪問してくれたうちの一人だ。我々はフェティエ中心に残る古代劇場の修復についてスポンサーとなる数社と話をした。ウルソイ氏は修復に前向きの考えを明らかにしている。来年にはTURSABにより修復が開始されるだろう」と話した。


2007年4月23日(月)[SABAH]
カヤキョイに旅行者の波

ユネスコが「世界友好平和村」宣言をしているカヤキョイが、トルコ内外の旅行者や写真家たちの
大きな関心を集めている。

観光シーズンの始まったムーラ県フェティエのカヤキョイへ、多くの旅行者や写真家が訪れ始めている。歴史的な村へ車でやってきた旅行者たちは、地元ガイドの案内で春の訪れとともに咲き乱れる花々に覆われた村で写真を撮り、また歴史ある家屋を間近に見学する。

カヤキョイの紹介に力を尽くしている写真家ファルク・アクバシュは、この地域の秩序のない建築に注目しつつ「我々は写真撮影においてこの村をパイロット地域に選んだ。ここは長い歴史の中で様々な時代、文明の文化遺産を持つ地域だ。周辺では違法建築が急増しているが、地域の地主たちにはなす術がない。法的手段を講じる前に解決法を見つける必要がある」と話した。

古代リキヤ文明に属する棺や岩窟墓は、その歴史を紀元前3000年にまで遡るカヤキョイと今日を繋ぐものだ。2006年には46069人、2007年4月までには15000人近くのトルコ内外の旅行者がカヤキョイを訪れている。



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1ヵ月も前のニュースですみません。つい先日SABAH紙のSeyahat(旅)のページで見つけました。
写真家ファルク・アクバシュは、ボラさんが受けた一昨年のガイドセミナーで講師をしたことのある人。
2007年4月21日(土)[Land of Lights]
フェティエ湾に踊るヨット

先週ボドゥルムのトゥルグトレイスを出発した「メッド・レッド・ラリー」(地中海~紅海ラリー)参戦の12ヵ国38隻のヨットがフェティエ湾に到着した。操船術に長ける136人が参加する「地中海から紅海までのラリー」は、1ヵ月半後の5月15日イスラエルで終わりを迎える。フェティエでは湾を彩ったヨットのパノラマが観衆すべてを魅了した。
ギョジェックに途中寄港した後、38隻のヨットはフェティエのエジェ・マリーナに停泊。ヨットマン136人はここに2日間滞在し、フェティエとその周辺の歴史的で自然豊かな場所を訪れた。フェティエに続いて、ケコワ、フィニケに立ち寄り、トルコ海域を去る彼らは、北キプロスのギルネ港に向かう。

2007年4月14日(土)[KENT HABER]
スペイン人旅行者、トルコ人4人に臓器提供

フェティエで交通事故に遭い命を落としたスペイン人旅行者が臓器提供により4人のトルコ人の命を救った。

10年間フェティエで暮らしたスペイン人旅行者モニセ・マンペル(32歳)は、交通事故で死亡。事故の知らせを受けトルコを訪れた両親は、国立フェティエ病院に運ばれた娘がで脳死状態であるのを知ると、臓器提供することを決意。彼女の臓器はトルコ空軍のヘリコプターでイズミルに搬送された。

心臓はエーゲ大学病院に入院中の患者へ、肺はドクズ・エイリュル大学病院でアダナからイズミルに来た患者に移植された。腎臓は組織テストの後適合する患者2人に移植されるということだ。

写真は4/14付Hurriyetから
2007年2月20日(火)~3月6日(火)[Land of Lights]
2/20付 フェティエ出身のアルピニスト、セイラン・スジュ氏エベレスト登頂に成功。ベースキャンプにフェティエの旗が翻った。


3/5付 カヤキョユ(カヤキョイ)とヒサールオニュ間の私有地にまもなく完成するモトクロス・コース、オリュデニズ・レース・アリーナで今年全国大会、地方大会が合わせて4回開催される。


3/6付 フェティエ文化センター設立3周年を祝うフェスティバルが開催された。
2007年2月13日(火)[KENT HABER]
ムーラ県ダラマンの柑橘類生産農家が売れないレモンをダラマン川に不法投棄。ラフティングの行なわれるダラマン川と川岸はレモン廃棄場と化した。

レモンを無料にしても貰い手の見つからなかった生産農家は、ゴミ捨て場が遠いことを理由に腐り始めたレモンをトラクターに積み込み、夜間ひそかにダラマン川に投棄していた。ダラマン川とその河岸は黄色味を帯びており、生産者スレイヤ・ムトゥルが環境汚染の罪に問われるのを恐れ夜間投棄していたと話す。

ムトゥルは「そもそも、生産者の問題に耳を傾けないAKP政府に抗議するため行なったものだ。30ドニュム(約2.8ヘクタール)の土地で栽培している柑橘類の売り上げでは経費すらまかなえない。収穫したレモンは売れなかった。欲しい人にただで配った。だから我々は収穫をやめて、レモンをそのまま木で腐らせている。廃棄場が遠いのでダラマン川に捨てているのだ」と言う。

2007年2月6日(火)[Land of Lights]
カヤキョイ「プレステージ・プロジェクト」

長年議論されてきたカヤキョイの一部地域の開発計画が最終的に描きあげられた。Levissiとして知られている地区の数多くの歴史的家屋がコチ・ホールディングの「プレステージ・プロジェクト」により改修されることとなった。この開発計画は1月21日カヤキョイの「クユバシュ・コーヒーハウス」に掲示され、1ヵ月間詳細に検討される。1/5000スケールで示されたこの開発プランはカヤキョイの一部地域のもので、その他の平地についてのプランもまもなく掲示されることとなっている。現在のプランは、カヤキョイの歴史的家屋の修復と新たな道路建設のためのものである。
1/5000スケールでプランを検討した建築家アフメット・キゲン氏は「これはカヤキョイの一部の地域についてのもので、Levissiとして知られている地域の歴史的家屋はオリジナルそのままに修復され、300のベッドを持つ宿泊施設も建設されることになっている」と話している。

歴史的な石造りの家々は日に日に崩壊しているが、新しいプロジェクトではその修復が可能である。また平地部分の開発計画も現在準備中で近い将来公表される予定だ。

歴史的家屋は本来の姿への修復が計画されており、コチ・ホールディングがこのプロジェクトに強い意欲を持っている。トルコ観光のための威信あるプロジェクトとなることは間違いない。

計画を検討した住民らは、平地部分のプランもできるだけ早くに公表されることを望んでいる。また石造の建物が日毎崩壊し、教会でさえダメージを受けていることを指摘している彼らは、この計画によって教会も保護されれば、観光に大きく貢献できるはずだとと力説する。




★おまけのニュース---新オトガル、5月までに完成
同じく2月6日付Land of Lightsによると、約15000㎡の敷地に新しいオトガルとビジネスセンターが5月完成予定とのこと。バス会社のオフィスはもちろんのこと、店舗、さまざまな商業活動のオフィス、ガソリンスタンド、小さなモスク、メンテナンスおよびサービスユニット、パーキングエリアを備えているそうです。これまでのオトガルはとてもカワイイ規模だったのですが、ダラマン空港が拡張されたのにリンクして、旅行者の増加が見込まれるフェティエも「最初にお客様をお迎えする」町の顔としてオトガルのリニューアルが不可欠のようです。移転するのだと思っていましたが、移転先の情報が見つからない所を見ると、現在の場所で拡充されるみたいですね。
(2006.11.18付Land of Lightsから 現在のフェティエのオトガル)
2006年10月13日(金)
第7回インターナショナル・オリュデニズ・エアゲーム・フェスティバル

10月25日~29日オリュデニズを舞台に、パラグライディング、ハング・グライディング、マイクロライト・フライト、リモコン・プレーン・ショーなどなど様々なエア・ゲームが繰り広げられるということです。詳しいプログラムは、「Land of Lights」で。

     
     
     写真はすべてExtreme Sport Actions in Turkeyのページからです。

それにしても、これだけのスカイスポーツを見れたら圧巻でしょうねぇ・・・。
2006年9月10日(日)[Land of Lights]
ダラマン空港の国際線ターミナルにマクドナルドがトルコでは初となる空港レストランをオープンした。35名のスタッフを抱えるこの店舗は24時間営業。
2006年9月8日(金)[Hurriyet]

ダラマン空港の新国際線ターミナル、オープン

8日エルドーアン首相はダラマン空港に完成した新しい国際線ターミナルのオープン・セレモニーに出席。海外からの観光客らと共に写真に納まったり、゛どの国から来たのか、どこで休暇を過ごすのかなどを尋ねていた。



2004年の着工以来1億5千万ドルをかけて完成した新ターミナルの規模は、9万6千㎡のターミナルビル、21万㎡のエプロン、4万3千㎡の駐車場、その他キッズ・ルーム、ショッピングセンターなどがあり、5000個のキャパシティを持つバッゲージ・ハンドリング・システムが導入されている。[Kent Haber]

 
2006年8月26日(土)[KENT HABER]
ボドゥルムで発生し、700ヘクタールの畑地と森林に被害を与えた火災で、現在冷却作業が続けられている。火災は高圧線が原因で、まずミラスの畑地で燃え始めたことが確認された。
ムーラ県ボドゥルムのムムジュラルで発生した森林火災は完全にコントロール下に置かれた後、夜を徹して散水車70台、数百人の森林作業員により冷却作業が行なわれた。

またこの作業に加わった7機のヘリコプターは暗くなるまで休みなく作業を続けた。

火災は、ムーラ県ミラスのクスルラル村バテシで高圧線から飛び散った火花が畑地の草に燃え移り、まもなく森林地帯へも広がったという。

これに関しジャンダルマでは目撃者である村人11人に証言を求めたが、村人も高圧線から飛び散った火花から燃え広がった旨の証言をしている。
火災発生後ジャンダルマは24時間休みなく巡回を続けている。

焼失地域への植林は遅くともこの秋には始まる予定だ。






関連ページはこちら
2006年7月9日(日)[SABAH]
フェティエで体長5メートルのサメ

フェティエで漁業を営み、先週ロドス島付近で巨大なサメを捕獲したエテム・オジャルの網に、今回は体長5メートル、400キロのサメがかかった。
オジャルはロドス島付近へ自分の船でメカジキ漁に出かけていた。しばらくして網にかかったサメを船尾に繋いで海岸まで運び、ウィンチを使って陸揚げした。
イズミルの魚屋に売られたサメは市場で観光客たちの注目を浴びた。オジャルは同じ海域で先週6メートル、500キロのサメを捕まえている。
2006年6月24日(土)[KENT HABER]
今年第2回目となるオリュデニズ国際ビーチハンドボール大会が今日開幕した。大会には様々な国から22チームが参加している。

ベルジェクズ・ビーチでの大会で女子ハンドボールのトルコ代表チームは、初戦ウクライナ代表を2-0で破った。
この大会にはヨーロッパ・ハンドボール競技手法委員会のメンバーであるフレンケル氏が観戦、会見ではオリュデニズの大会では3ポイント制が適用されており、ヨーロッパハンドボール協会に申請してハンドボールにおいてもサッカー同様3ポイント制の適用を求めていくと語った。
               *  *  *  *  *  *
私がオリュデニズに滞在していた間、ビーチで何やらコートらしきものを整備していると思ったら、こういうことでしたか・・・。炎天下おじさんが一人でせっせと地ならししてました。
2006年4月20日(木)[Land of Lights]
灯台を観光用に

トルコにある9つの灯台と周辺の土地が観光用に3年の期限付きでレンタルされる。1ヵ月の賃貸料は次のとおり。

フェティエ灯台(クズルアダ)8951㎡ 3200YTL
フェネルバフチェ灯台    843㎡  25000YTL
キョルフェズ灯台       4430㎡  1800YTL
マルマリス灯台        890㎡   700YTL
キリオス灯台         299㎡   1000YTL
ホパ灯台           2003㎡  600YTL
ウシュクル灯台        970㎡  550YTL
フォチャ灯台          380㎡  1200YTL
イネボル灯台         336㎡  450YTL


              * * * * * *
トルコ最大の日時計がフェティエに

これはサンダイヤル・ホテルの経営者がフェティエに寄贈するもの。ホテルに隣接する海岸沿いのハロー・ビッフェに設置される予定だ。この日時計はイスタンブルで作られたもので大理石製の手作りのものだ。経営者は当初自分のホテルのためにと考えていたが、誰もがこの日時計を見れ、街のPRになればとフェティエ市に寄贈することにした、と話している。


              * * * * * *
『ウェルカム・トゥ・スプリング』at カヤ・ワインハウス

冷たい冬の終わりと自然の目覚め、明るい春の訪れを花咲き乱れるカヤキョイで祝う。4月23日「カヤ・ワインハウス」の4周年アニバーサリーパーティーが地元の友人たちやツーリストたちを集めて催される。ライブ演奏や絵画展もあり、ワインも格安で提供される。
2006年3月5日(日)[Hurriyet]
環境保護団体の保護下にあるダルヤンのアシ原が焼失した。火災はアシ原で発生、キョイジェイズ湖の中心部に至る500ドニュム(約45ヘクタール)のアシ原が灰と化した。このアシ原には180種の鳥が生息しているという。火は10時間燃え続け、アシ原の尽きる所で自然鎮火した。火災の原因は現在調査中.。環境保護団体では、周辺の住民がアシ原のオーナーとなることが保護において重要だと話している。

2006年2月25日(土)[KENT HABER]

フェティエの地方料理を集めた本が「フェティエ婦人会」によって出版された。その収益が奨学金に提供されることになっている同会主催のティーパーティーで本のPRを行なったフェティエ市長夫人は「この本はフェティエとその近郊の地域固有の料理だけを集めており、レシピはできる限り誰もが作れるような形でまとめています。忘れられかけている地方料理がまた私たちのキッチンで作られることになるでしょう」と話した。

2006年2月19日(日)[KENT HABER]
オリュデニズに暮らし、癌のため命を落としたイギリス人アンジェラ・ショアの葬儀にイマームと司祭が同席。約8年間夫ジョンと共にオワジックに購入した家で暮らした54歳のアンジェラは、癌のため昨日午後治療を受けていたフェティエ国立病院で亡くなった。自宅に戻りその後オワジック墓地へと運ばれたアンジェラの遺体は、彼女の遺言に従って墓地の入口でイマームが、続いて司祭が祈りを捧げた後埋葬された。この葬儀にはオリュデニズ区長をはじめ、多くのトルコ人、イギリス人が参列した。
2006年2月14日(火)[KENT HABER]
トルコ初のフローティング・ホテルで1987年9月27日フェティエ・アクサズラル湾近くに沈んだ「フィオリタ」の引き揚げ作業がアルプ・サルベージにより急ピッチで進められている。5600トン、船長148m、船幅15mのフィオリタの残骸引き揚げは今月末までに完了する模様。
2006年2月4日(土)[Land of Lights]
昨年1,461,718人の旅行者を迎え入れたダラマン空港は、今シーズンスタート前の4月に拡張オープンし、年間1,000万人に受け入れ可能な空港となる。VIPホールや子供用のプレイルームも備えられるということだ。
2006年2月4日(土)[KENT HABER]
今年11月6~8日フェティエで「トルコ文化国際シンポジウム」が開催される。学術会議、音楽祭、ボートレースなどが行なわれる予定。

国際結婚はフェティエで。
2005年外国人と結婚したフェティエの女性は10人、一方男性は91人の外国人と結婚した。その9割がイギリス人、その他ドイツ人、ベルギー人、オランダ人、デンマーク人となっている。また199人の旅行者がフェティエで結婚。 これら旅行者の60%はビーチでの結婚式を行なったり、パラグライディング結婚式、ダイビング結婚式を挙げた。
2006年1月27日(金)[KENT HABER]
偽造クレジットカードを使って、相当数の貴金属商から2万YTL(約170万円)を詐取していた二人の男が逮捕された。
2006年1月26日(木)[KENT HABER]
休業状態となっているムーラ県の養鶏業者が、鶏肉のグリルを市民に無料で提供。このプロモーションに県獣医局局長やいくつかの自治体の長が参加し、グリルを食べたが一般市民の関心は低かった。
2006年1月3日(火)[KENT HABER]
ムーラを訪れる旅行者数は2004年には2,634,499人、2005年には2,925,440人と増加。ムーラ地方を訪れる外国人旅行者のうち40%はイギリス人、12%がオランダ人、10%がドイツ人、5%がベルギー人、4%がロシア人となっている。
ムーラ   フェティエ・ニュース

フェティエを含むムーラ県のニュースのページを作りました。
観光情報はあまりないと思うので、おもしろくないかも・・・。
ニュースねたは、おもにKENT HABER からです。


















































































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