As it happens.




「まったく、なんでよりにもよってアンタとなのかしら……」
「……」
 こっちのセリフだ、とは言えずに、背後の突き刺さる視線から逃げるようにしてずんずんと足を速める播磨。
(ま、ちゃっちゃと終わらせちまえばいいんだけどな)
 そう考えて少し気を取り直す。
 ことの起こりは、と言えばそうたいしたことでもない。

 日直
 播磨拳児
 沢近愛理

 そう黒板に書かれていただけのことである。
 そんなわけで、授業に使うプリントとやらを取りに来た二人だったのだが、
『……張り切り過ぎじゃないの、これ』
 実物を見た時の沢近の第一声である。
 ダンボール三箱。
 学期内に配るべき分をすべて一度に、と言わんばかりの量に呆れ顔の沢近だったが、播磨はひょいひょいとそれを抱え上げてさっさと出て行ってしまう。
「あ、ちょっ、待ちなさいよ!」
 それに慌てて追いすがる沢近、というところで話は冒頭へと戻る。
(でもこういう時ってやっぱり手伝うものよね)
 口では不平をこぼしつつもそんなことを考えている沢近。
(だいたい二人いるんだから二人で仕事するのが当然よね。確かに肉体労働なんてあの馬鹿に任せておけばいいけど、常識的には、ね。よし)
 そこまで考えてから声をかけようとしたのだが、早足の播磨はとうに遙か前方を歩いている。
「あーもうっ!待ちなさいよっ!」
 対する播磨はまた後ろから聞こえてきた声を、どうせロクでもないことだろ、と聞き流していたが、それが自分を呼び止める内容であることに気がついて振り向く。
 その瞬間。
「「っ!?」」
 やたらと早足の播磨に追いつくために駆けてきた沢近。
 その早足を急に止めた播磨。
 車は急に止まれない。
 お約束のように二人はぶつかった。
「つっ……おい、大丈夫か?」
「あ……うん……」
 答えてから自分の状況に気がつく沢近。
 体当たりをした自分。
 荷物のせいでバランスを崩した播磨。
 結果としてあるのは、床に倒れ込んだ播磨の胸に飛び込むような形になっている自分の身体。
 そして。
「あ――」
 倒れた時に外れたのか、目の前にはサングラスをかけていない播磨の素顔があった。
「……」
「……」
 何故か見つめ合う二人。
「……あー、なんつーかどいてくれると嬉しいんだけどよ」
 そのよく分からない沈黙を打ち破ったのは播磨だった。
「ご、ごめんなさい……」
 その声に我に返ったのか、珍しくしおらしい声で身体をどける沢近。気を取り直して周囲を見れば、幸か不幸か物音に気づいた数人の生徒がいるだけで、荷物の方もしっかりと封がしてあったために箱が転がっているのみ。
 とりあえずはなんでもない、という顔をして笑顔を振りまきつつ、ダンボールを一箇所に集め始める。
「……で、何だったんだ?結局」
 転がったダンボールも集め終わり、サングラスをかけ直した播磨が尋ねる。
「ん……一人に仕事させるのもなんだしね、私も手伝おうかな、って……」
 お前が?、と眉をひそめる播磨。
「別に構わねェよ、これくらい。だいたいお嬢様がやるような……」
「……お嬢様?」
 その言葉にカチンとくる沢近。
「いい?私はね、そういう特別扱いが大嫌いなの」
「そ、そうか」
 低く押し殺したような声に、逆に恐怖を覚える播磨。
「分かった?なら貸しなさい」
 多くは語らない、その雰囲気に呑まれそうになるのを、なけなしのプライドにかけて押し返そうとしたが、
「い・い・か・ら!」
「お、おう……」
 居直り強盗か何かのようなその剣幕に押されて、結局承諾してしまう播磨。
「……じゃあコイツ、頼むぜ」
「ええ、分かったわ」
 妙に嬉しそうな沢近に疑わしげな視線の播磨だったが、いつまでもそうしている
わけにもいかず、とりあえずまたダンボールを抱えて歩き出す。
 が。
「おい、重いんじゃねェのか、やっぱり」
 振り返りつつ尋ねる播磨。一応さり気なく一番軽い箱を渡したが、やはりその目からは沢近の姿は危なっかしく見えてしょうがない。
「大丈夫よ、このくらい」
「……ならいいけどよ」
 心なしかふらついているその足取りには気がつかないふりをして答えつつも、いざという時のために歩調をゆるめる播磨。
 一方沢近は、
(……よくこんなの三つも持てるわね。こういう時男の子って便利よね……)
 などと思いつつ、いつのまにか播磨が隣を歩いているのに気がついて、その様子をそっとのぞき見る。
 サングラスにヒゲの不良男。
 何故かその姿が不思議と頼もしく見えてしまって、慌てて視線をそらす。
「アンタさ、そのサングラス外してみたりしないの?」
 あくまで播磨の方ではなく正面を見つつ尋ねる沢近。
「……?なんでだ」
「別に。なんとなくよ、なんとなく」
 ワケありでな、とそれだけを答える播磨。本当のことなど口が裂けても言えないし、言ったら最後どうなることか想像もつかない。
 ふうん、と返しながら、どういうわけか頬が熱くなっているのに気がついて、足を速める沢近。
(どうしてかしら、やっぱりコイツといると調子狂うわ……)
 そんな原因不明の動悸も落ち着いた頃に、ようやく教室に到着する。
「っしょ、と」
 ダンボールを持ち直し、ドアに手をかけた沢近の動きが一瞬止まる。
 それを開けてしまえば。
(この馬鹿と二人で話すこともそうそうないのよね……)
 そんな他愛のないことが、どこか名残惜しく感じられたりもして――――
「……馬鹿みたい」
「あん?なんか言ったか?」
 なんでもないわよ、沢近はそう答えて教室のドアを開けた。