Beside you




「今日はどうかな、と」
 質素ではあるものの、決して手抜きではない意匠の施されたティーポットの前で誰にともなく呟くサラ。
 これといった活動内容もなければ実績もない部活にもかかわらず、不思議と本格的な茶器は一揃いに各種茶葉もよりどりみどり、コーヒーもインスタントから手挽きまで、緑茶日本茶なんでもござれ、という充実ぶりである。一説に因ればそこには顧問の教師が関与しているという話だが、真相は定かではない。
 ともあれ、紅茶の消費量で一、二を争う英国出身のサラとしては、理想的な環境ということになる。茶葉によっても飲み方によっても、その蒸らし時間は千差万別、ベストな入れ方を追求するのはなかなかどうして『部活動』である。
 もっとも、彼女自身はそんな素振りを周りに見せることはない。
『こういうのってやっぱり楽しいし、誰かに美味しいって言ってもらえたらそれで十分だよ』
 とは、彼女が八雲に語ったところである。
 さておき、今日も今日とてそんな風に新しい入れ方を試しているところに、とんとん、とノックの音。はいどうぞ、という返事にドアから顔を出したのは。
「あ、周防先輩」
 いらっしゃい、という声に邪魔するよ、と答えて部室に足を踏み入れる美琴。部員ではないとは言え、部長が晶、キャンプにも行った、ということでそれなりに馴染みの場所である。
 ――もっとも彼女の場合、ここを訪れる理由は他にもあるわけで。
「花井のヤツ、来てない?」
「いえ、今日は見てませんけど」
 どうかしたんですか、というサラに、ちょっとね、と言葉を濁す美琴。実際のところ、昨日から様子がおかしくて、笛を吹きながらネズミを引き連れていて、今朝は学校にも来てない、などという説明はあまりしたくなかったというのもあるのだが。
「ったく、どこ行ったんだか……」
 ぼやきつつ、邪魔して悪かったね、と出ていこうとするその背中に声をかける。
「あ、先輩。折角ですからお茶でもいかがですか?」
「いや、わざわざいいよ、そんな」
「ちょうど入れるところでしたし、それに……」
「それに?」
 一人より二人の方が楽しいですから、と微笑むサラ。つられるようにして、そりゃそうだ、と美琴も笑った。





「どうですか?」
 いつもとは違う入れ方をしていた手前、それとなく尋ねてみるサラ、美味しいよ、という美琴の言葉にふう、と一息。
「ん?どうかした?」
「いえ、最近いろいろ入れ方を試してるからどうかな、って思ってたんです」
 でも気に入ってもらえたなら嬉しいです、とサラ。
「そっか。なんか紅茶っていろいろあるし、大変そうだね」
「その代わり楽しいですよ。先輩もどうですか?茶葉ならいろいろありますし」
 その言葉に、んー、と思案顔の美琴に、先輩ってこういうの得意そうですし、ともう一押しするサラ。
「人並みには、ね」
 家事全般をそつなくこなす美琴、この『人並み』もそれなりに高レベルな話だったりするのだが、それはさておき。
「そうだね、折角だし」
 もらっておこうかな、というその言葉に笑顔を浮かべるサラ、紅茶仲間の地道な布教中だったりもする。
「それじゃ後でお渡ししますね」
 そう言って自分の紅茶に手をつけてから、それで、と改めて口を開く。
「花井先輩、どうかされたんですか?」
 お話なら伺いますよ、と言って返事を待つ。
「あー……」
 話すべきかどうか、話すならどう話すか、そんなことを少し考えてから、結局要点だけを話すことにする美琴。
「いろいろあったことはあったんだけどね。要はさ、アイツが何考えてるのか分かんなくなった、ってとこかな」
 大抵のことなら大丈夫って思ってたんだけど、と続ける。
「伊達に長い付き合いじゃないしさ、バカなところだってそうじゃないところだって、十分すぎるくらい見て
 きてるんだけどさ、今回はなんだか、ね」
 そこで一度言葉を切って。
「他人は他人、なんて言っちゃえばそれまでだけどさ」
 なんからしくないね、と苦笑いとともに溜息をつく。
「……ま、そんな話。大したことないって言えば大したことないかな」
 それだけだよ、と言葉を切る。
「周防先輩、花井先輩のことってどう思ってます?」
 そんな話をひとしきり聞き終えた後で、サラはそう尋ねた。
「どう、って訊かれると……」
 ちょっと困り気味の表情をする美琴に、そういうことじゃなくて、と言い直すサラ。
「少なくとも、間違ったことをする人じゃない、って思ってますよね」
「ん……まあそうだね、なんだかんだで結局マジメなヤツだし」
 あんまりおかしなことをするヤツじゃないよ、と頷く美琴。
「だったら、今度もきっと大丈夫ですよ。一番長く見てきた先輩が言うんですから。だから」
 一息入れて。
「だから、信じてみたらどうですか?」
「……信じる」
「そんなに大袈裟なことじゃないかもしれませんけど……でも、そういうものじゃないですか?その、」
 友達って、と恥ずかしそうに付け加える。
「友達、か。そうだね、私くらい信じてやらないとさすがにかわいそうだな」
 他のヤツらなんて気にもしてないし、と先ほどの自嘲気味の表情とは違って、明るく茶化して言う美琴。
「ありがと、なんか話聞いてもらっちゃった上に大分楽になったよ」
「いえ、どうしたしまして。それに私、これでも教会でシスターの真似事なんてやってますし」
 子供たち相手ですけどね、と言うサラに、なるほどね、と頷く美琴。
「子供ってあれでけっこう厳しいからね、相手してれば自然とそうなる、か」
「いい加減な答じゃ納得してくれませんし、なかなか大変です」
「だね。私もそういうの相手にすることあってさ、苦労するよ。ま、楽しいけどね」
 そう言って笑って見せた美琴に、ええ、とサラも微笑んだ。





 そんな話を終えた後は、紅茶を片手に他愛のないおしゃべり。それにも一段落ついたところで、
「じゃそろそろ行くよ」
 助かったよ、ありがと、と席を立つ美琴に、お土産です、と紅茶を渡すサラ。
「そのうちここでお披露目して下さいね」
「分かったよ。あ、でもあんまり期待しないように」
 それじゃ、と部室を出て行く美琴。その背中を笑顔で見送ってから、よし、と立ち上がる。
「周防先輩で様子を見たわけじゃないんだけど……」
 そうなっちゃうのかな、これ、と言いつつ、もう一度紅茶を入れる準備を始める。味と香りは先ほど美琴に出した時間で上々、それなら今度もそのままで問題はない。
「やっぱり美味しいのを飲んでもらいたいから、ね」
 誰にともなくそう言ったとき、とんとん、とどこか控えめにノックの音がする。その様子に、遠慮なんて
する必要ないのに、相変わらずだな、と思いながら。
「――いらっしゃい。今ちょうどお茶入れるトコだよ」
 そう言って、サラは八雲を出迎えた。
『やっぱり美味しいのを飲んでもらいたいから――友達には、ね』
 そんな、言葉にしない呟きとともに。