Beside you
「今日はどうかな、と」
質素ではあるものの、決して手抜きではない意匠の施されたティーポットの前で誰にともなく呟くサラ。
これといった活動内容もなければ実績もない部活にもかかわらず、不思議と本格的な茶器は一揃いに各種茶葉もよりどりみどり、コーヒーもインスタントから手挽きまで、緑茶日本茶なんでもござれ、という充実ぶりである。一説に因ればそこには顧問の教師が関与しているという話だが、真相は定かではない。
ともあれ、紅茶の消費量で一、二を争う英国出身のサラとしては、理想的な環境ということになる。茶葉によっても飲み方によっても、その蒸らし時間は千差万別、ベストな入れ方を追求するのはなかなかどうして『部活動』である。
もっとも、彼女自身はそんな素振りを周りに見せることはない。
『こういうのってやっぱり楽しいし、誰かに美味しいって言ってもらえたらそれで十分だよ』
とは、彼女が八雲に語ったところである。
さておき、今日も今日とてそんな風に新しい入れ方を試しているところに、とんとん、とノックの音。はいどうぞ、という返事にドアから顔を出したのは。
「あ、周防先輩」
いらっしゃい、という声に邪魔するよ、と答えて部室に足を踏み入れる美琴。部員ではないとは言え、部長が晶、キャンプにも行った、ということでそれなりに馴染みの場所である。
――もっとも彼女の場合、ここを訪れる理由は他にもあるわけで。
「花井のヤツ、来てない?」
「いえ、今日は見てませんけど」
どうかしたんですか、というサラに、ちょっとね、と言葉を濁す美琴。実際のところ、昨日から様子がおかしくて、笛を吹きながらネズミを引き連れていて、今朝は学校にも来てない、などという説明はあまりしたくなかったというのもあるのだが。
「ったく、どこ行ったんだか……」
ぼやきつつ、邪魔して悪かったね、と出ていこうとするその背中に声をかける。
「あ、先輩。折角ですからお茶でもいかがですか?」
「いや、わざわざいいよ、そんな」
「ちょうど入れるところでしたし、それに……」
「それに?」
一人より二人の方が楽しいですから、と微笑むサラ。つられるようにして、そりゃそうだ、と美琴も笑った。
◆
「どうですか?」
いつもとは違う入れ方をしていた手前、それとなく尋ねてみるサラ、美味しいよ、という美琴の言葉にふう、と一息。
「ん?どうかした?」
「いえ、最近いろいろ入れ方を試してるからどうかな、って思ってたんです」
でも気に入ってもらえたなら嬉しいです、とサラ。
「そっか。なんか紅茶っていろいろあるし、大変そうだね」
「その代わり楽しいですよ。先輩もどうですか?茶葉ならいろいろありますし」
その言葉に、んー、と思案顔の美琴に、先輩ってこういうの得意そうですし、ともう一押しするサラ。
「人並みには、ね」
家事全般をそつなくこなす美琴、この『人並み』もそれなりに高レベルな話だったりするのだが、それはさておき。
「そうだね、折角だし」
もらっておこうかな、というその言葉に笑顔を浮かべるサラ、紅茶仲間の地道な布教中だったりもする。
「それじゃ後でお渡ししますね」
そう言って自分の紅茶に手をつけてから、それで、と改めて口を開く。
「花井先輩、どうかされたんですか?」
お話なら伺いますよ、と言って返事を待つ。
「あー……」
話すべきかどうか、話すならどう話すか、そんなことを少し考えてから、結局要点だけを話すことにする美琴。
「いろいろあったことはあったんだけどね。要はさ、アイツが何考えてるのか分かんなくなった、ってとこかな」
大抵のことなら大丈夫って思ってたんだけど、と続ける。
「伊達に長い付き合いじゃないしさ、バカなところだってそうじゃないところだって、十分すぎるくらい見て
きてるんだけどさ、今回はなんだか、ね」
そこで一度言葉を切って。
「他人は他人、なんて言っちゃえばそれまでだけどさ」
なんからしくないね、と苦笑いとともに溜息をつく。
「……ま、そんな話。大したことないって言えば大したことないかな」
それだけだよ、と言葉を切る。
「周防先輩、花井先輩のことってどう思ってます?」
そんな話をひとしきり聞き終えた後で、サラはそう尋ねた。
「どう、って訊かれると……」
ちょっと困り気味の表情をする美琴に、そういうことじゃなくて、と言い直すサラ。
「少なくとも、間違ったことをする人じゃない、って思ってますよね」
「ん……まあそうだね、なんだかんだで結局マジメなヤツだし」
あんまりおかしなことをするヤツじゃないよ、と頷く美琴。
「だったら、今度もきっと大丈夫ですよ。一番長く見てきた先輩が言うんですから。だから」
一息入れて。
「だから、信じてみたらどうですか?」
「……信じる」
「そんなに大袈裟なことじゃないかもしれませんけど……でも、そういうものじゃないですか?その、」
友達って、と恥ずかしそうに付け加える。
「友達、か。そうだね、私くらい信じてやらないとさすがにかわいそうだな」
他のヤツらなんて気にもしてないし、と先ほどの自嘲気味の表情とは違って、明るく茶化して言う美琴。
「ありがと、なんか話聞いてもらっちゃった上に大分楽になったよ」
「いえ、どうしたしまして。それに私、これでも教会でシスターの真似事なんてやってますし」
子供たち相手ですけどね、と言うサラに、なるほどね、と頷く美琴。
「子供ってあれでけっこう厳しいからね、相手してれば自然とそうなる、か」
「いい加減な答じゃ納得してくれませんし、なかなか大変です」
「だね。私もそういうの相手にすることあってさ、苦労するよ。ま、楽しいけどね」
そう言って笑って見せた美琴に、ええ、とサラも微笑んだ。
◆
そんな話を終えた後は、紅茶を片手に他愛のないおしゃべり。それにも一段落ついたところで、
「じゃそろそろ行くよ」
助かったよ、ありがと、と席を立つ美琴に、お土産です、と紅茶を渡すサラ。
「そのうちここでお披露目して下さいね」
「分かったよ。あ、でもあんまり期待しないように」
それじゃ、と部室を出て行く美琴。その背中を笑顔で見送ってから、よし、と立ち上がる。
「周防先輩で様子を見たわけじゃないんだけど……」
そうなっちゃうのかな、これ、と言いつつ、もう一度紅茶を入れる準備を始める。味と香りは先ほど美琴に出した時間で上々、それなら今度もそのままで問題はない。
「やっぱり美味しいのを飲んでもらいたいから、ね」
誰にともなくそう言ったとき、とんとん、とどこか控えめにノックの音がする。その様子に、遠慮なんて
する必要ないのに、相変わらずだな、と思いながら。
「――いらっしゃい。今ちょうどお茶入れるトコだよ」
そう言って、サラは八雲を出迎えた。
『やっぱり美味しいのを飲んでもらいたいから――友達には、ね』
そんな、言葉にしない呟きとともに。