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ごぉん――と。遠く鐘の音が聞こえる。年の終わりを告げる鐘の音だ。白い雪の舞う晦日の街の空に、荘厳な音色が響いている。
その空の下、街を満たしているのは人々の雑踏が作り出す喧騒だ。新しい年の始まりを前に、普段は静寂が支配する時間帯も、今日ばかりは勝手が違う。どこか浮かれたような足取りが、街の中にあふれている。
――さて。
そんな中を歩いている一組の親子に目を向けてみることにしよう。悠然としたふうの父親は絵に描いたような紳士、その隣を歩くブロンドの少女は平静を装いながらも、嬉しさが隠しきれないといった様子である。
では、彼と彼女の会話に耳を傾けてみることにしよう――
◆
『すまないね、愛理。お前と出かけるのももうずいぶんと久しぶりだ』
『そんな、気にしないで。私だって、もうお父様の都合くらいは考えられる年よ』
『そうか』
『そうよ。……それはもちろん、もっと一緒にいてくれた方が』
一瞬曇る少女の表情。だが、次の瞬間には自らその失敗に気がつく。
『……愛理』
『あ、その、違うの! だからその分だけ今日はとっても楽しみにしてたんだから!』
ほら、と笑う少女は軽い足取りで父親の前に躍り出て、くるりと回って見せて――
「ぬおっ!?」
「きゃぁっ!」
――勢いあまって近くを歩いていた少年を巻き込んで転倒してしまう。
「ごめんなさい、私……?」
「いや、こっちこそわりぃ……?」
少女を助け起こす少年と、少年に助け起こされる少女。
その視線が交錯して、そして互いに硬直する。
「――ヒゲ」
「――お嬢」
よりにもよって、と言うべきか。ある意味で最も会いたくない相手に遭遇してしまった二人。すぐさま普段の口論を始めようとするが、状況はそれを許さない。
『おや、愛理の知り合いかな』
『え!? そんなことあるわけないじゃない! ほら、あんたもなんか言いなさいよ!』
少女は慌てふためいて少年を急かすが、勉学の不得手な少年には彼女の口にする異国の言葉が理解出来ない。
「あん? 何言ってんだお前」
「あ・ん・た・ねぇ……!」
状況をただの少しも理解しようとしない少年に、今にも噛みつきそうな表情の少女。だが、彼女の父親はその様子を見て微笑みを浮かべている。
『ずいぶんと仲のいい友人のようだね。せっかくだから二人で楽しんできたらいい』
『……え?』
『若い二人の前では、老人は邪魔だろうからね』
気を利かしたような笑みを置き土産に――それが勘違いとは気づくはずもなく――去っていく。あとに残されたのは、呆然とした様子の少女と、未だに事態が把握出来ていない少年。
「……なあ、今のおっさんって」
「――おとうさま」
彼の声が聞こえているのかいないのか、少女の口からこぼれたのはそんな単語。ことここに至り、ようやく彼も状況を理解する。
――つまりは、自分がやってはいけない類のミスをしてしまった、と。
「すまねぇ。今回は俺が悪かった」
「……れるのよ」
「……?」
「……どうしてくれるのよ」
どんな相手であろうとも、そこで素直に謝れるのが彼の彼たる由縁でもあるのだが、当然ながらその言葉は彼女に届くはずもない。そして、行き場を失った彼女の想いの向かう先もまた、言うまでもない。
「どうって言われてもよ」
「――私がどれだけ今日を待ってたか分かる?」
「は? んなこと」
「分からないわよね、ええそうよ、分かるわけないわよ。クリスマスだって誕生日だって、もうずっと、ずっとよ!?」
「……おい、ちょっと待てって」
「待つ? 私はもう十分待ったわよ、待って待って待ち続けたわよ。それが今日なの!」
それをあんたが――刺すような射抜くような貫くような眼差し。その瞳の奥に燃えるの焔、そして。
「なっ、ちょっ、お前そこで泣くかっ!?」
「あんたがきっちり責任取って」
大きく一呼吸。
「私と付き合いなさいよっ!」
その一言――今日は、というその一言を言わなかったことについては、彼女自身に罪はない。そこまで頭がまわる状況ではなかったのは確かなことであるし、最初から聞いていれば分かることだ。
……そう、最初から聞いていれば。
『え?』
故に『最初からそれを聞いていなかった』友人がその場に居合わせたことは、彼女にとって最大級の不幸に違いなかった。たとえそれが盆と正月が一度にやってくるような、ありえない偶然だったとしても。
「愛理ちゃん、今のってどういうこと!?」
「……播磨さん」
「沢近、お前やっぱり」
再び凍りつく二人。
ぴしり、という時間の止まる音さえ聞こえたような、そんな一瞬の永遠が過ぎて――そして時は動き出す。
「み、みみみ美琴!? やっぱりって何よ!?」
「てん……じゃねぇ、塚本……って妹さんもいるから――ああもう、なんなんだよっ!」
◆
そうやって、またいつもと同じ騒動が巻き起こる。
……が、所詮はそれも街の片隅で繰り広げられる小さな出来事に過ぎない。一時は興味深そうに足を止めていた人々も、すぐにその足を動かし始め、喧騒は雑踏に飲み込まれていく。
結局、彼ら彼女らの日常は、まだまだ変わることなく続いていく、ただそれだけの話。
――それがいつまで続くのかは誰にも分からないけれど。
ごぉん――と。遠く鐘の音が聞こえる。年の始まりを告げる鐘の音だ。白い雪の舞う元日の街の空に、荘厳な音色が、ただ響いている――