Chance at the perfect shot




 お祭り、というものはその日が来るよりもずっと前から始まっているものだ。もちろん、皆の熱気が臨界点に達する当日こそが、やはり最高の盛り上がりを見せるのだが、熱気が徐々に高まっていく過程もその一部だと。そう冬木は思っている。
 故に、彼がシャッターを切る音は、しばらく前から途絶えることはなかった。
 一見おちゃらけているようでその実根は真面目である冬木、自前のバンドの練習をしっかりとこなしつつも、その精力的な活動は普段通り。例によって例の如く、あからさまにきわどい写真を撮って追いかけられたりもしていたが、それさえも楽しみのうちだったらしい。取り押さえられるときでさえその表情から笑顔が消えることはなかった、とはまことしやかな噂である。
 ――さて、そんな喧騒も今は遠く。夕焼けに染まる校舎はひとまず祭に幕を下ろし、打ち上げという名の第二ラウンドに備えて一時の平穏を取り戻している。
 そんな中、今は使われていない旧校舎のとある一室、学校全体が祭の場と化している中ですっぽりと抜け落ちた空白地点。その場所で、早速現像を終えた写真を眺めている冬木の姿があった。鼻歌交じりに繰っている写真の枚数は、没収されたフィルムもあるというのに軽くアルバムが作れてしまうほどのものだった。
 後に本人が語ったところによれば、『囮って大事だよね』、だとか。つまるところ、あからさまに見つかるような撮り方はしない、と言っているのだ。いろいろと奥は深いらしい。
 閑話休題。
 そこに忍び寄る一つの影があった。
 既に相当の年月を歩んできた旧校舎、どれだけ気をつけたところで、どこを歩いても床が軋むことは避けられないはずだった――だからこそ冬木もこの場所を選んだ――が、どういうわけかその人影は一切の物音を立てない。教室に入るときすら無音、滑るように移動すると、彼の後頭部に無骨な銃を突きつける。
「チェックメイト、かしら」
 そこで初めて口を開く。一方の冬木は、その来訪を予期していたかのように、あーあ、と天を仰いでから両手を上げる。
「ここならいけると思ったんだけど」
 ゆっくりと振り向いた先には、銃を構えた影――晶の姿があった。
「誰でも思いつく場所が逆に安全、っていうのはダメだったかな」
「冬木君ならそう考えると思っただけ」
 そんな晶のにべもない返事に、溜息一つ。降参だよ、と笑ってから、とりあえず尋ねてみる。
「でもさ、足音までしない、ってのは反則っぽいんだけど、どうやったの?」
「木の床を軋ませずに歩く裏技」
「そりゃ確かに裏技だ」
 吹き出しつつも、もしかすると彼女なら本当に知っているかもしれない、と思う冬木。彼をしても高野晶は未だに謎の多い人物である。
「じゃ、分かってると思うけど」
「了解、ほら」
 そう言って差し出したのは先程まで眺めていた写真の束。
「でもさ、こんなことしなくても普通に見せてあげてもいいんだけど?」
「それじゃ面白くない」
 でしょう、と問いかけてくる視線に、まあね、と小さく苦笑い。んー、と一伸びをしてから軽い解説を始める冬木。
「今回は自分でも上出来だと思うよ。二年目だからかな、みんないい顔してる」
 その言葉通り、晶が目を落とした先にあるのは生き生きとした笑顔ばかり。クラスの出し物からそれぞれの部活動、加えて校内での何気ない一コマさえ自然な表情と楽しんでいる空気が伝わってくる。
「普段の表情、っていうのもいいんだけどさ、やっぱりこういうときは違ったよさがあるよ」
 ファインダーのぞくのが楽しくってね、と笑う。
「そうね。それに、あなたはそういうところを見抜く目を持ってる。向いてると思うよ、カメラマン」
 やがて目を通し終わった晶が写真を返しながらそう言った。
「高野さんに言われると光栄だね、ありがとう」
 言ってから、それでさ、と続ける。
「……なんでまた銃を構えてるのかな」
 その言葉通り、写真を返した晶の手には、再び銃が握られている。
「あら、分からないのかしら」
「えーっと、何のこと?」
 一応とぼけて見せたところに。
「――これだけじゃないでしょう?」
 斬りつける、ではなく突き刺すように鋭い言葉。
「……厳しいなあ」
 まあ、ここを見つけられた時点で負けなんだけどさ。そうぼやきつつ机の中から取りだしたのは、また別の写真とフィルム。その内容はと言えば。
「西本に怒られるかな……」
 つまり、その手の写真である。心底残念そうな表情で差し出す。
「これで全部だよ」
 そのようね、と答えて受け取る晶。
「……で、そろそろしまってほしいんだけど、それ」
 指差した先には相変わらず突きつけられた銃。けれど、晶にそれを下ろす気配は微塵もない。
 その代わり。
「昔からよく言われるんだけど、知らないかしら」
 ――即ち、敵に情けをかけるな。
「うわ、笑えない冗談だね」
「笑えないわね、冗談じゃないし」
 微妙に引きつった笑顔の冬木に淡々と告げて、その指がゆっくりと引金を――
「……へ?」
 ――引いた瞬間、銃口から飛び出してきたのは、ぽん、という気の抜けるような音。
 そして。
「フェイク……?」
 手品にでも使うような――この場合はまさしくそうなのだが――色鮮やかな花々だった。
 そして、呆気にとられている冬木に追い打ちをかけるように晶の声。
「ハッピーバースデー、おめでとう」
 見れば、珍しく微笑みさえ浮かべた彼女がそこにいた。
「……参ったなあ」
「因果応報」
 要するに、たまにはお灸もすえておこう、ということらしい。こんなひねくれたやり方をするのは彼女の他にいないだろうが。
「それじゃプレゼント」
 差し出されたのは一枚の写真。
「本当はファインダーをのぞいているところにしようかと思っていたけど――」
 そこに写っていたのは。
「――いい顔だと思わない?」
 バンドの面々とハイタッチをしている彼自身の姿だった。そんな予期せぬ贈り物に、照れくさそうにぽりぽりと頭をかく冬木。その様子に満足したのか、ようやく銃を下ろして、それじゃ、と晶。
「もうすぐクラスの打ち上げだから、忘れないでね」
「分かってるよ、ちゃんと行くって」
 その返事に頷いて、晶は教室を出て行く。ちなみに足音はやはりない。
「……参ったなあ」
 それを見送ってから、もう一度呟く冬木。
「こりゃ高野さんの誕生日は大変そうだ」
 手元にある写真の中では、そんなこととはお構いなしに最高の笑顔を見せている自分がいる。それをしっかり目に焼き付けてから、荷物を片付けて立ち上がる。
「それじゃもうひとがんばり、いってみようか」
 誰にともなくそう言って、相棒であるカメラにフィルムを仕込むと颯爽と踏み出した。
 ――その中に、また新しい世界を焼き付けるために。