day after day




「ふう、やっぱりここは落ち着くぜ……」
 疲れ切った表情でサラの入れた紅茶を飲み干す播磨。何かと身の回りで騒ぎの絶えない播磨、夏の一件以来茶道部部室が憩いの場になっている。
「なんだかお疲れ気味ですね、先輩」
「ん、まあいろいろあってな……」
 サラの言葉にその『いろいろ』を思い返す播磨。
(まずあれだ、金髪に睨まれただろ、それからヒゲ呼ばわりされただろ、あとはよくわからんがぶっ飛ばされ……)
「……いろいろじゃねェ、一つだ」
「?」
 ああいや、なんでもねえ、と悪夢を振り払う播磨。どうにもここのところロクなことがないようである。
「世の中平和が一番だぜ……」
 微妙にずれたことを呟きつつ、今度はお茶請けのクッキーに手を出す。
「あ、それ八雲が作ってきてくれたんですよ。どうですか?」
「おう、うまいぜ。さすがだな、妹さん」
「ありがとうございます……」
 播磨の裏表のないストレートな言い方に少し赤くなる八雲に、よかったね、とサラ。
「でも悪ぃな、別に部員でもなんでもねェのにいつも押しかけちまって……」
「そんなことないですよ、先輩は大切なお客さんですから。ね、八雲」
「……うん」
「それにウチはいつでも誰でも大歓迎、ですよ」
 そりゃありがてェんだけどよ、と一つ疑問を口にする播磨。
「なんか表に張ってあるだろ、花井がどうとか」
「……あれは……そのいろいろと……」
「花井っつったらあの花井だよな。なんかやりやがったのか、アイツ」
 そんなことはないんですけど、とちょっと困り顔の二人。
「高野先輩が、ちょっと」
 別に嫌いっていうわけじゃないと思うんです、とサラ。
「ま、別にいいけどな」
「うーん、あんまりよくもないと思うんですけど……あ、それより先輩」
 ん?、と聞き返した播磨にずずっと詰め寄るサラ。
「そろそろ八雲のこと、ちゃんと『八雲』って呼んであげて下さい」
「……あー、ほらよ、なんかこう……恥ずかしいじゃねェか。それに妹さんは妹さんだし……なあ」
 同意を求められて、私は別に、と答える八雲。
「八雲がそう言うならいいんだけど……でも先輩、そしたらどうして私は名前で呼んでくれるんですか?」
「いや、どうしてって言われてもな……」
 正直なところ、他に呼び名も見当たらず、さりとてサラちゃん、などというのはこれまた気恥ずかしい、というそれだけの理由なのだが、
「あ、先輩私のこと女の子として見てくれてないんですね。ヒドイなー」
「なんでそうなるっ!」
 からかうサラに動揺する播磨、そんないつものやりとりに、見ている八雲からは笑みがこぼれる。にぎやかで微笑ましい放課後の一幕。
「……今日も元気だね」
「あ、部長」
 おう、邪魔してるぜ、と軽く手を上げる播磨に、いらっしゃい、と答える晶。確かに花井のときとはずいぶんと扱いが違う。
「それにしても、本当によく来るね」
「……行くとこもねェしな」
 本音を言えば教室でなんとか天満ちゃんと、などと考えている播磨だが、最近どうにも沢近からのプレッシャーが激増中、その場にいることすらままならない状態だったりする。
「ったくなんなんだよ……」
「気持ちっていうのはなかなか思い通りにならないんだよ」
 自分のお茶を入れながら呟いた晶に、なんだそれ、という顔をする播磨だが、こっちの話、とあっさりはぐらかされる。
「でも播磨君が居てくれると助かるよ、いろいろ」
「いろいろ?」
「そう、いろいろ」
 そう言った晶の視線の先には、楽しそうにお喋りしている八雲とサラの姿。
「ん?あの二人がどうかしたのか?」
「……別に」
 そういうところが播磨君らしいんだけど、と思いつつそっけなく答えてから、君はいつまでもそのままでいてね、などと言いながら播磨の肩をぽんぽん、と叩く晶。
「お、おう……」
 そのなんだかよくわからない空気に押し流される播磨。ここら辺が格の違い、というやつだろうか。
 ともあれ、ひとしきり播磨をからかい終わった晶、二人ともいいかな、と今度は八雲とサラに声をかける。
「他の人は今日来られないみたいだし、折角だからどこかに行こうか」
「あ、いいですねそれ。……でも珍しいですね、部長からそういうのって」
「せっかく播磨君もいることだしね」
「ん?なんで俺なんだ?」
 決まってるじゃない、という顔で播磨にだけ聞こえるようにささやく晶。
(荷物持ち)
(なッ……!?)
(頼りにしてるよ)
(おい、そりゃあいくらなんでもよ……)
「あの、嫌なら無理に……」
 なにやらやりあっている二人を見て、その内容はわからないが思わず不安げに口をはさんでしまう八雲。
「いや、別に嫌ってわけじゃないぜ?ただな……」
「ただ?」
 ここでしれっとそう言えるのが、高野晶。
「わーったよ、ったく……おし、行くぜ」
 その台詞に、よかった、と心の奥で安心する八雲と、そんな八雲の様子に微笑むサラ。
「じゃあ決まりだね。準備しようか」
 晶のその言葉に席を立つ二人。播磨はと言えば、準備するようなことは何もないので残ったクッキーを頬張りつつ、窓の外を眺める。
(コッチの方がよっぽど平和だよな……)
 視線の先には秋の色をまといつつあるどこまでも遠い空。そんな穏やかな光景に、ここでこうして過ごす時間――それも悪くはないと、ふとそう考える播磨。
「先輩、行きますよ」
「おう」
(ま、たまには、だけどな)
 サラの声に応えて立ち上がりながら、そんなことを思う。
 けれど。
 これが彼の日常になる日もそう遠くはない……のかもしれない。