Fatal action




 出会いはいつだって唐突だ、とは誰の言葉だったか。ともあれ、今現在沢近の頭を悩ませているのはまさしくその言葉。
「お嬢サン――私と付き合ってもらえないカ?」
「……はあ?」
 中身はともかく、というのは冗談めかした美琴による評だが、入学当初から声をかけてくる相手は数知れず、そのことごとくを断りつづけている、という事実を以ってしてもなお続く者は後を絶たない、という沢近。
 それでも、唐突に目の前に現れた金髪の男がやたらと芝居がかった仕草で髪をかき上げながら声をかけてくれば、驚く以前に呆れるというものである。
「いきなり何言ってるの?あなた」
 ともあれ、恋については一家言ある沢近、丁重にお帰り願うべく口を開く。
 ――が。
「初めて会ったときカラ思っていたよ……君ハ私の……」
「初めてって、今さっきじゃない!」
「フッ……」
 会話が噛み合わない、と言うよりそもそもその気がないのでは、と思わせるほどに一方的に会話を進める男に調子が狂う沢近。
(……そういえばいたわね、あっちにも)
 眉をひそめつつそんなことを思い出す。本人はキザだなんだと思い込んでいるが、どうにも手の付けられない手合い、というヤツである。
 この手の相手には有無を言わさぬ対応で、と余計なニュアンスの入らない英語に切り替えて――ちなみに、目の前の男がどう見ても日本人ではない、という判断からである――会話を再開する。
『ごめんなさい、私今は誰ともお付き合いするつもりはないの』
『――おや、君は英語が出来るのか』
 その言葉にカチンとくる沢近。彼は単なる驚きを表しただけ――というのはこの際問題にならない。要は、彼女がそれをどう受け取ったか、という話。
『……あら?何か問題でもあるのかしら』
『いや、そんなことはないさ、レディ』
 一度そう取ってしまえば、続く言葉もすべて小馬鹿にしているように聞こえてくるのだから、とかく人の心とは難しいものである。
『ところで、君は「今」と言ったね。ではこれからそれが変わるということも……』
 ないわね、そう断言した沢近は、あっさりとこの交渉における最後のカードを切る。
『おあいにくさま。誰ともって言ったのわね、私、もうお付き合いしてる人がいるの』
『なっ……!この私より君に相応しい男がいるというのか?』
 その自信がどこから来るのか、という驚き方をしてみせる彼に、ええ、とあっさり答えて勝利を確信する沢近。
 ――そこに大きな落とし穴があるとも気がつかず。
『ではその男に会わせてくれないか?』
『ええ、いいわよ』
(――え?)
 しまった、と思っても後の祭、肝心なところで詰めが甘い沢近である。
「それデハ今週末ニでも」
「あっ!ちょっ、待ちなさいよ!」
 そう言って去っていこうとする背中を呼び止める。対する男は怪訝そうな顔で振り返ってから、すぐに分かった、という表情をして。
「ソウ、まだ言っていなかった。私の名はハリー。ハリー・マッケンジー」
 きっちり斜め四十五度の角度で言い残し、歩み去る。当然、そうじゃなくて、という沢近の言葉は誰の耳にも届かないわけで。





 かくして。
「……どうするのよ」
 目下沢近の頭を散々悩ましている懸案が誕生した、というわけである。
(誰かに相談……なんて出来ないわよね)
 美琴に恋の相談などするわけにはいかないし、晶に言った日にはどうなることか想像も出来ない。天満に訊いたところで、謝っちゃえ、などと言われるのが関の山、そして沢近の性格上、当然そんな選択肢はない。
 となれば、ダミーでも何でも、恋人をでっち上げるしかないのだが。
「ああもう、ダメよダメ。普通の相手に付き合ってあげる、なんて言ったらつけ上がるだけ」
 加えて、本当に付き合うわけでも何でもない以上、さすがに相手に悪いと思うし、それで妙な噂でも流れることになってしまえば。
(――また昔みたいに)
 今なら自分の周りには確かに『友達』がいる。でもだからこそ、余計な迷惑はかけられない。
「絶対に勘違いしないような相手……なんて、そんなのいるわけないじゃない」
 そもそもアイツが悪いのよ、何よ、ハリー・マッケンジーって、どっかの誰かみたいな、とそこまで考えて。
「――――――――あ」
 付き合うと言ってもつけ上がることなく。
 たとえ偽装デートでもそんなことを言いふらすはずもなく。
 勘違いなんてしようとしても土台不可能な。
 そんな、ヤツ。
「……いるじゃない、一人」
 それはプライドからしても行動理念からしても、どう見ても外れた選択肢。
 けれど。
「仕方ないじゃない」
 誰に対する言い訳なのか、そう呟いて――

「アンタ、私と付き合いなさい」
「ハァ?何言ってんだテメェ」





 その結果どうなったのか、は当然ながら。
「さ、行くわよ」
「……」
「何よ、文句あるの?」
 カミソリ事件からこちら、播磨が下手に出なければならないような失態はなく、むしろ沢近の方が謝るべきはずなのに、結局こうなってしまうのはもはや運命なのか何なのか。播磨拳児、未だに沢近愛理に連敗中である。
「分かってるわね、私の言う通りにしてなさいよ」
「……」
 この期に及んで反論しても無駄と思い、返事なしの播磨。それを見て小言の一つも言おうとした沢近だったが、今日これからのことを考えてやめておく。どのみち、今日は数え切れないくらいそんなことがあるに違いないのだから。
 そして、待ち合わせ場所では。
「……ホウ」
「……テメェ」
 いつぞやのファーストコンタクトを思い出し、火花を散らす二人。
「知り合いだったの?あなたたち」
 まあいいわ、とそんな様子を気にも留めずにそう言って。
「行きましょ、播磨君」
「なっ!お前、おい!」
 播磨に腕を絡めて沢近は歩き出した。





「あー、楽しかった」
 丸一日遊園地で遊び倒し、街が夕暮れに染まる中で笑う沢近。
「ね、播磨君も楽しかったでしょ?」
 思い出したくもない一日の出来事を思い出し、これが天満ちゃんだったら、と心で血の涙を流す播磨――何せ、バカップルと言われても一切反論不可能なことを幾つもこなしたのである。あーん、とか――だったが、お目付役のハリーからは見えない角度で睨みつけてくる沢近に、おう、そうだな、と若干引きつった笑顔で答える。
 その態度に、もっとちゃんとしなさいよ、という風に一瞥をくれてから、今度はハリーに向かって言う。
『ほら、もう十分でしょう?大体ここまでする必要なんて……』
『分かったよ、なるほど確かに君は彼のことを好いているようだ』
 君の方はね、と意味深に笑ってから。
「――デハ今一度見せてもらおうか、サムライ。君のその性能とやらヲ!」
 その言い終わるや否や、鋭い一撃を――
「――え?」
 ――沢近に打ち込もうとするハリー。呆けた様な表情をしているその顔に、吸い込まれるように拳が向かって。
「……テメェ」
 パシン、という乾いた音とともに、その拳は播磨の手に受け止められた。続く、何考えてやがる、という言葉に、フッ、と笑ってからハリーは答える。
「ナニ、プリンセスを護るニハナイトが必要、ということダ」
 意味が分からない、という顔をしている播磨に、君は合格ということだ、そう言ってから沢近に向き直るハリー。
『確かに私が君の隣りに立つ余地はないようだ。何せ、私が拳を止めると分かっていて彼は君を護ったんだからな』
 やれやれ、と大仰に肩をすくめて背を向ける。
「チッ、いけ好かねェヤロウだぜ」
 そう呟きながらも、どうせやるならサシで、とこの場は見送る播磨。その隣で、まだ呆然としている沢近。
「……おい」
「……え?あ、なに?」
「なんだかよく分からねぇんだが、これで要件は済んだんだな」
 確認するように覗き込んでくる播磨から目をそらし、うん、と小さく頷く。
 そして。
「……今日一日だけなんだから、こんなの」
 ぽつりとそう呟く。
「あのな、ったりめーじゃねぇか、んなこと」
「…………バカ」
 聞こえないように言ったのだからそれで当然なのだが、あん?、と聞き返してくる播磨に無性に腹が立つ沢近。
「なんでもないわよ!もう!」
 いつものペースを取り戻し、ほら、さっさと帰るわよ、そう言って。
「ちょい待て!お前何だその……」
 刺すような夕陽の中、自分が何故そんなことをしているのか分からないまま。
「……だから言ったでしょ。今日一日だけは――」
 しっかりとその手を繋いだ。