For you




「よし、と」
 数時間をかけてようやく書き上げた年賀状を前にして、修治はそう呟いた。
 あとは――
「修治、ほれ、お年玉じゃ」
「っと、なんだ、じっちゃんか」
 慌てて机の上のそれを隠しつつ振り返る修治。
「ありがと。でもいいよ、じっちゃんにはいつも世話になってるし、気持ちだけでじゅーぶん」
「ほ!お前も言うようになったなあ……まあ、昔から言い出したら聞かんしな、それじゃあとりあえずワシが預っておくぞ」
「ごめんな、じっちゃんが嫌いになったわけじゃないんだけど……」
「構わん構わん、それだけお前が大人になったっちゅうことじゃ」
「……ありがと」
 それじゃちょっと出かけてくるから、そう言って駆け出すようにして玄関に向かい、靴をつっかけて飛び出していく修治。
「だんだん拳児に似てきたのう……」
 孫を見送る祖父の視線はとても温かいものだった。





 一方絃子のマンション。
「拳児君、あけましておめでとう」
「んー、おめでとう」
 やれやれ新年早々覇気がないね、君は、と呆れ顔の絃子。
「まあいい。ほら、君の分の年賀状だ。今年はなかなか面白い面々から届いているようだよ」
「面白い……誰だ?」
「コレなんてどうかな?天」
「どうせ天王寺のバカだろ。だいたいそのオチはもう……」
「ほう、じゃあこれはいらない、と。私の目にはどう見ても塚本さんからの年賀状に見えるがな」
「……………………ハイ?」
「まあ、彼女の性格からするとクラス全員に出していると思うがね」
「今すぐお渡し下さい絃子サン」
 やれやれ、極端だね、と言いつつも手渡す絃子。受け取った播磨は、
「――――――――――――」
 声にならない歓喜である。
「まったく……そうそう、何やら妹さんとの連名のようだったからね、ちゃんと返事は書いておくように」
「当たり前だ!ここで出さなきゃ男が廃るぜ!」
「そこまで大仰なものでもないだろうに。あとは……そう、これもなかなか面白いな」
「まだあるのか?俺としてはもうこれ以上は何もいらねェよ」
 これだよ、と意味深な笑いとともに手渡されたのはシンプルな年賀状。
『Happy New Year』
 流麗な文字でそう綴られているだけ。差出人の名前もない。
「……誰からだ?これ」
「自分の胸にでも訊いてみるといい」
 ちなみに私は生徒の筆跡はだいたい把握しているからね、と絃子。
「分かってるなら教えろよ」
「それでは面白くないだろう。まあ、せいぜい考えることだよ」
 そんなやりとりをしていると。
「兄キ!」
 チャイムの音もそこそこに、駆け込むようにして現れた修治。
「おう、どうした修治、年明け早々」
「やあ修治くん。あけましておめでとう」
「あ、おめでとうございます、絃子さん」
「やあ、修治くんは誰かと違って礼儀正しいねえ」
「……うるせェ」
 それで、と気を取り直す播磨。
「何の用だ?」
「ごめん、金貸してほしいんだ」
 祖父にはああ言ったものの、修治には今どうしても買いたいものがあった。自分の力で何とかできればそれに越したことはなかったのだが、如何せん年齢的に限度はある。
「ちゃんと返すからさ、頼むよ」
「お前なあ、いきなり押しかけて……」
「お願いします」
「……修治」
 土下座をして額を床にこすりつける修治。その姿にさすがに何も言えなくなる播磨。拳児君、そう絃子に目で促され、静かに立ち上がる播磨。
「ちょっと待ってな」
 奥に下がってから適当な袋を見繕って戻ってくる。
「お前を男と見込んで渡すぜ。ただしな」
「……ただし?」
「コレは俺からの『お年玉』だ。返そうなんて考えるなよ」
「え……」
「あー、あれだ、たまには兄貴らしいことぐらいさせろ。な」
 明後日の方向を見つつぶっきらぼうに言う播磨。
「ありがと、兄キ!」
 ぺこり、と頭を下げて、やってきた時と同じくらいの勢いで飛び出していく修治。
「オトコというのはなかなか大変だね」
「そんなんじゃねェよ。だいたい、アイツのあの目を見たら断れねェだろ」
「恋する瞳、かな?」
 君にそっくりだったよ、と言う絃子を無視して、さあ天満ちゃんに年賀状年賀状、と言いながら部屋に戻っていく播磨。
「……なかなか大変だね」
 口調とは裏腹の表情で絃子はそう呟いた。





「おっちゃん!」
 またしても駆け込むようにして修治が飛び込んだのは、街の小さな骨董屋。豪放磊落で風変わりな店主が年がら年中、朝から晩まで開けている店である。
「おう、坊主。ほんとに来たのか」
「オトコとオトコの約束だからな!あれ、まだあるよな」
「ああ、ちゃんとオメェのためにとっといてある」
 それは小さな細工物。ある日店の前を通りかかった修治は、ウィンドウの中のそれに魅せられてしまったのだった。もちろん自分で手に入れたいわけではなく、あこがれの人へのプレゼントとして。
 持ち前の行動力で店に飛び込んで聞かされた値段は、とんでもなく高いわけでもなく、けれど修治にはすぐ手を出せるようなものでもなかった。
『おっちゃん、俺絶対コレ買いに来るから置いといてくれよ!』
『そいつは嬉しいがな坊主、コイツも売りもんだぜ?』
『頼むよ!』
 その瞳に播磨と同じものを見たのか、店主は結局それを承諾した。
『ただしコイツは男と男の約束だ。破るようなこたぁ……』
『とーぜん!』
 いい顔しやがる、そう店主は修治の頭をくしゃくしゃとなでたのだった。
「代金は確かに受け取った。ほらよ」
「ありがとっ!」
 そう言ってまた駆け出そうとする修治の背中に店主が声をかける。
「待ちな坊主、釣りを忘れてるぜ」
「え……でもあれでちょうど」
「いいか、ものってのはな、それを大切にしてくれるヤツのところに行くのが幸せなんだ。オレたちゃその手伝いをしてるようなもんだ」
 それで、だ、とにやりと笑う店主。
「坊主、オメェなら大丈夫だとオレは見たわけだ。そういう相手からはほんとは金なんて取りたくないんだがな」
 ま、こっちも一応商売だ、と今度はくっくっく、と笑う。
「じゃあな、坊主。しっかりがんばれよ」
「がんばるって……」
「プレゼントだろ?それ」
「え、あ、いや、まあ」
「大丈夫、気持ちってのは伝えりゃ伝わるもんだ。行ってきな」
「……そっか、そうだよな。ありがとな、それじゃ!」
 暇だったらまた来いよ、と修治を見送る店主。
 その日一日、彼の顔から笑みが消えることはなかった。





 そして塚本家前。
「……」
 家の様子を窺ってみたところ、どうやら留守中、修治は迷っていた。
 さすがに直接手渡す、という選択肢は最初からなかったものの、いざとなるとその辺りに置いていくわけにもいかない。とは言えうろうろしているだけ、というわけにもいかず。
「……どうしたの?」
「いやちょっと……え?」
 振り返れば。
「ややや八雲姉ちゃんっ!?」
 振り袖姿の八雲がいた。
「えーとあのそう、なんか偶然と言うか」
「遊びに来てくれたのかな……?」
「……似たようなもん、かな」
(本 当 はそうじゃ なくて)
 修治の『声』は聞こえていたが、思っていることと口にすること、本当に伝えたいのは思っていることかもしれないけれど、それが綺麗に割り切れることではないと知っていたから、八雲はそう、と答えただけだった。
「もうすぐ姉さんも帰ってくるし、一緒に何かしようか」
 代わりに、彼女にしては珍しく自分からそう切り出した。
(嬉し い  やっぱ り八雲姉 ちゃん は)
「……いいよ。俺……俺ただコレ……!」
(どうし よう  もらっ て くれな かったら  で も俺 は)
「あ――」
「……ありがとう」
 そう言って、八雲は修治の頭をなでた。やさしく、ゆっくりと。
「――えと、それじゃ俺、もう行くから!」
(会 いたい  また)
「また来るから!」
 最後に『声』と声を重ねて、八雲の返事も聞かずに修治は駆けていった。
「シュージ君……」
 見送る八雲の後ろから、ようやく天満が追いついてきた。
「寄り道しちゃってごめんね……ってあれ?それどうしたの?」
「うん……もらったの」
「そっか。なんだかよく分からないけどよかったね、八雲」
 誰に、とも聞かずににこっと笑う天満。この姉のそういうところが好き、と八雲は思う。
「……うん」
 それじゃおせちおせち、とドアに向かう天満の後に着いていこうとして、その前にもう一度道路を見やる。風のように駆けていった修治の姿は、もうそこにはない。
(ありがとう……)
「また、おいでね」
 そこにはいない小さな友人に、八雲はそう言った――





 さて、正月休みもあっというまに過ぎ去り、学校初日。
「みんな久しぶりー」
「……正月に会ったばっかりだろ」
「でもほら、学校だと違った感じがするよ、ねえ愛理ちゃん」
「まあ、そう言われればそうだけど……」
「今年も塚本さんは相変わらずね」
 いつもの面々がいつものように顔を合わせる。
 そこに。
「……悪ぃ、ちょっといいか?」
「あ、播磨君。あけましておめでとー」
「オ、オメデトウ」
 相変わらず免疫ゼロ。
「珍しいな、お前の方から用事なんてさ」
 美琴に言われて本来の用事を思い出したのか、こほん、と咳払いをひとつ。
「あーほら、年賀状だ」
 天満に返事、というそれだけで丸一日を要するような年賀状を制作してしまった播磨だったが、ああ見えて基本的に義理堅く、一枚だけそうするわけにも、と結局すべて大作にしてしまったために手渡しする羽目に陥っていた。
「塚本は妹さんにもよろしくな」
「わあ、すごいね!ありがとう」
 ちなみにこの時当然視線は明後日の方を向いている。
「あとは周防、高野、と……」
「お前もマメだね……」
「ありがとう」
 そして。
「ほらよ」
「え……?」
 沢近にも差し出す。
「ん?いや違ったならスマン。なんか名前の書いてないのが一枚あってな」
 はっぴーにゅーいやー、ってそれだけのヤツだ、と説明する播磨。
「私、だけど……」
「なら問題ないだろ。ほらよ」
「……………………ありがと」
「おう」
 用事は済んだとばかりにそそくさと引き上げていく播磨。できればそのまま天満ちゃんとお話を、と思ったりもするのだが、そうもいかないのが世の中というヤツで。
「……」
 ぼう、と年賀状を見つめる沢近。
(本当に相変わらず)
 それを見ながらそんなことを思う晶がいて。
 それぞれがそれぞれの想いを胸に、新学期が始まる。