Interlude




「――まあ、こんなものかな」
 やれやれといった口調でそう呟いて、構えていたライフルを下ろす絃子。ゲームの方は校内でまだ進行中のようだが、アレを撤退させた時点で自身の役目は終わった、という判断である。
「まったく、なんなんだ」
 晶が仕掛けておいたカメラからの映像や、自らのぞいたスコープの中のその人影は、およそ出来れば関わり合いにはないたくない、という類のものだった。
 それでも。
「多少は感謝するべきなのか……?」
 したくはないんだけど、と心底嫌そうに天を仰ぐ。けれど、彼女からしてみればきっちり勝負の出来る相手などそうそういるわけでもなし、昔取ったなんとやら、血が騒がなかったかといわれれば嘘になる。
「まだまだ若いのかな、私も」  意味もなく饒舌になっている自分に一人苦笑してから、陣取っていた屋上からひらりと舞うようにして階下の教室へと戻る。
 ――と。
「……待ち伏せ、か。参ったね」
 小さく肩をすくめた絃子の目の前には、先刻まで標的にしていた相手の姿。位置は察知されているだろうと判断していたが、この短時間に詰められるのは彼女にしても少々予想外の出来事。
「現役には勝てないね、やはり。しかし、それだけの腕の持ち主がしゃしゃり出てくるのはいささかどうしたものかと思うんだが?」
「主に尽くすのが執事の役目なりますれば。付け加えておけば、私も既に一線を退いた身、現役などとは、とても」
 既に目的は達し、勝負をするつもりもなかった絃子は早々に白旗を揚げたが、そこは相手――執事、と名乗ったからにはそうなのだろう。およそそうは見えないが――も同様だったらしい。返ってきたのはそんな言葉と慇懃な一礼。
「それじゃますます、だな。ロートルに勝てないんじゃ、私もそろそろ火遊びはやめた方がいいらしい」
「何を仰いますか。このような粗忽な作りの銃器を用いたことを思えば、先の銃撃は見事。照準さえ完調なら、一撃で勝負は決していた――違いますかな?」
「――ハン。そういうあんたもその気になれば当てられたんだろう? あそこから。レンジも何も関係ないような相手とやるのはこれっきりにしたいもんだね」
 仏頂面の絃子に、これは失礼を、と執事はまたもや深々と一礼。しばらくそれに剣呑な視線を送っていた彼女だったが、らちのあかない相手、と諦める。
「食えないヤツ、というのはこういうときに使う言葉なんだろうね。……で、一応訊いておくんだが、そのけったいな恰好は一体なんなのかな」
 嘆息混じりのその問に、それまできっちりと引き締められていた表情が、
「お聞きになりたい、と?」
 にやり、と動いた。
「……いや、いい。どうにも寝覚めが悪くなりそうだ」
「それはそれは」
 心の底からげんなりしつつ、『執事』というもののをイメージをあらめる必要があるのかもしれない、そう思いつつも、それじゃ帰らせてもらうよ、と歩き出す絃子。
「あんたもさっさと帰るんだな。ここに大人の出る幕はないよ」
 すれ違いざまに言い残した彼女に、背後から声がかかる。
「――中村、と申します」
「……刑部、だ。だが――」
 足を止めて答える絃子。
 そして次の瞬間。
「――覚えてもらう必要はない」
 予備動作なしに引き抜いた拳銃を、振り向きざまに突きつける――
「……ふん」
 ――が、既にそこには人の気配など微塵もない、月光に照らされる空間が広がっているのみ。
「やれやれ、だ」
 その日もう幾度目になろうかという溜息をついて、今度こそ歩き出す絃子。古びた木造校舎の床板を、一度たりとも鳴らすことのないその足取りは、ほどなくして屋外へと至る。そこにあるのは、そろそろと晩秋を感じさせる夜の空気、そして新校舎を見下ろして空に浮かぶ見事な月の姿。
「これが見られただけでも満足するべき、か」
 ゲームの方は終わりを迎えたか、はたまた膠着状態下、ぽつりと彼女が呟いた、そんな声以外には物音一つ聞こえてこない。
「ま、若いうちは楽しむものだよ、なんだってね」
 ちらりと校舎を見上げ、誰に向けるわけでもない、あるいは誰もに向けた、そんな言葉を残し、再びゆっくりと歩き出す絃子。
 銀色の月だけが、その姿を見下ろしていた――