Like yourself




「……その、悪かったね、突然」
「別に構いませんよ。いつでも遊びに来て下さい、って言ってるじゃないですか」
 何をしたわけでもない――が、どこかいたたまれない雰囲気に追い出されるようにして家を出てきた絃子。どこへ行くあてもないその足が向いた先は、やはりと言うべきか、葉子のところだった。彼女なら泊めてくれるだろう、という打算もあるにはあるが、むしろここは本能的な部分が大きい。
 即ち、刑部絃子は笹倉葉子を信頼している。
 言葉にすればどうということもなく、けれど対人関係においては何より重要なこと。人間、弱ったときにはそんな部分が垣間見えるものである。
 さておき、そんな絃子の突然の訪問を快く迎えた葉子。フロのカマが、という考えるまでもなく苦しい言い訳には、ちょっと前にあがったところです、と笑顔で返事。
「じゃあ失礼して入らせてもらっても……」
「あ、まだですよ」
「え?」
「今沸かし直してるところです。お湯が冷めちゃってると思いますし」
 それで、とそこで会話のペースを変える。
「そうすると、時間が少しありますよね?」
「……葉子」
「お話、あるならうかがいますよ」
 もちろんないなら構いませんけど、と小さく肩をすくめてから絃子をじっと見つめる。対する絃子も、複雑な表情ながらその視線を正面から受け止め、二人の間に沈黙が流れる。
「参った、降参だよ」
 やがて、先に口を開いたのは絃子の方だった。その表情は先程とは違い、こうなることを心のどこかで望んでいたような、ほっとしたものに変わっている。
「嫌ならいいんですよ、無理しなくても」
「今更それはないだろう? 大体聞く気満々だったぞ、あの顔は」
 そんな言葉も、そうでしたっけ、とさらりと返しながら、とりあえずそこに『いつもの刑部絃子』を確認して微笑む葉子。続けて、それじゃあ、と絃子に話を促す。
「うん……実はね――」


「なーんか、らしくないですね」
 それが、絃子の話を聞き終えた葉子の第一声だった。思わず、え、と絃子が訊き返したところに、ぴぴぴ、と電子音が響く。
「お風呂、沸いたみたいですよ。ゆっくり入ってきて構いませんから」
「……ああ」
 その言葉の裏に、ゆっくり考えろ、という意図を読み取って素直にバスルームに向かう絃子。こういう場合、彼女の言葉に従った方がいいのは経験から承知しているし、何より今自分がどういう状況にあって、どうするべきなのか、それを考えないといけない――と、そこまでの判断が出来る程度には落ち着きを取り戻していた。
「話して少しは楽になった、かな」
 小さく呟きつつ、手早く衣服を脱いでバスルームへと入り、浴槽に静かに身体を沈める。冷えた身体を暖めるそのぬくもりを感じながら、瞳を閉じる絃子。
「私らしさ、か……」
 反響する自分の声に耳を傾けながら、身体同様、心も思考の海にゆっくりとしずめていく。
 自分らしさとは、どういうことか。
 ――そして。





「いや、いい湯加減だったよ」
 しばらくして、さばさばとした表情でそう言いながらあがってきた絃子。その様子に、もう大丈夫みたいですね、と声をかける葉子。
「ん……まあ、ね。どうすればいいかは分からないけど、自分がどうしたいかは分かったつもりだよ」
「そうですか。それはよかったです」
 嬉しそうに笑う葉子に、君のおかげなんだけどね、と絃子。
「そんなことありませんよ。絃子さんって、昔から全部自分で出来ちゃう人じゃないですか。もし私に何か出来るとしたら、ちょっとしたお手伝いくらいですよ」
「だからそれがありがたいんだよ。全部出来る人、っていうのはどうかと思うけどさ」
 そう言って、ん、と気持ちよさそうに一伸びする。柔らかなその表情に、戸惑いの色はもうない。
「それじゃどうします? もう帰りますか?」
「そうだね……と言いたいところだけど、さすがに、ね」
 荷物も全部持ってきちゃったし、と頬をかきながら苦笑いの絃子。その反応に、しっかりしてくださいよ、とこちらも苦笑しながら、だったら、と席を立ってキッチンに向かう葉子。
「ちょっとだけ、ならいいですよね」
 そう言って取り出したのは、二本の缶ビール。それを見て、今度はしょうがない、といった様子で微笑む絃子。差し出されたそれを受け取りながら口を開く。
「そういうところが君らしいんだろうね、きっと」
「褒め言葉だと思っておきますね」
 ふふ、と笑いながらそう言って、じゃあ、と小さく缶を掲げる。
「乾杯」
 かつん、と打ち合わされる缶の音。
 その音がどこか楽しげにリビングに響いた。





 後日。
「あー、拳児君。ちょっといいかな」
「ん? 何だよ」
「うん。えーと、だな……」
「んだよ、気持ち悪ぃな。ハッキリ言えよ」
「いや、あの……すまない」
「……おい、どうかしたのかよ。顔も赤いみてぇだし……熱でもあるんじゃねぇか?」
「そんなことはないぞ。うん。……ない、と思う」
「お前な、どう考えても絶対おかしいだろそれ。わーったよ、片付けは俺がやっとくからさっさと寝てろ」
「いや、私は君に話が……」
「うるせぇ、そんなんじゃこっちが調子狂うんだよ。分かったらとっとと部屋行け、部屋」
「あ、うん……」

 ――で、結局。
「……やあ」
「もしもし? どうしました?」
「葉子、やっぱり私には無理だよ……」
「え? あ、ちょっ、何泣いてるんですか? 絃子さん? もしもし、もしもーし」
 ……………………
 ………………
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 ……