Memories
「おらよ、出来たぞ」
「ん――」
そう言って読みかけの新聞を畳んだ絃子の前に並べられたのは、ご飯に味噌汁、卵焼きに和え物――いわゆる典型的な和風の朝食。オーソドックス故に技の見せ所、ではあるのだが、播磨作のそれは可もなし不可もなし、という出来である。
もっとも、いつぞやのキャンプのときのカレーを思えば、上出来の部類に入るというもの。そんな播磨が料理の担当になっているのは、ひとえに絃子の判断によるのだが。
「にしてもよ、絃子もたまにゃあ料理の一つも作ってみろよ」
ここで暮らすようになってからもう何度目になるか、というグチをこぼす播磨。
「だいたいだな、昔は……」
「……そうかもな」
ぽつりと呟く絃子。
「……は?」
「たまにはそれもいいかもしれないな」
どこか心ここにあらず、という様子で答える絃子に、少し気味が悪くなる播磨。熱でもあるんじゃねぇのか、と恐る恐るその額に手を当てようとして。
「ってぇ!何しやがる!」
「見れば分かるだろう?誰かさんがあまりに失礼なことを言うものだからね」
そう言った絃子の手には、どこから取りだしたのか鈍い光を放つモデルガン。
「だからって撃たねぇだろ、普通!」
「自業自得だよ。まあいいさ、それで?君は私の手料理が食べたいと、そう言うのかな?」
「……いや、なんか微妙に違わねぇか、それ」
げんなりした顔の播磨を、些細な違いだよ、と斬って捨てる絃子。
「ではそうだね、近いうちにご馳走してあげるとしようか」
精々覚悟して待っているといい、そう笑ってから、ではね、と席を立って洗面所に向かう。
取り残された播磨、とりあえず一言。
「……いや、それメシ喰わせるヤツのセリフじゃねぇだろ」
◆
「……というわけで、だ」
少しばかり練習させてもらえると助かるんだが、と絃子。対する相手は笹倉である。
「何せ、いささか久しぶりだからね。それに、あまり食べてもらう相手の前で練習するのも、ね」
それを聞いて、私ならいいんですか?、と悪戯っぽく問う笹倉に、君だからだよ、と絃子。
「無理にとは言わないさ。出来れば、だからね」
「いえ、構いませんよ」
珍しく申し訳なさそうなその様子に、笑顔で承諾してから、それにしても、と言葉を続ける。
「刑部さんが料理って言うと、あれ以来ですね。ほら、親戚の男の子が……ん?」
確かその子って、と何かを思い出しかけた笹倉。
が。
「ストップ。そこまでだ」
いいんだよ昔のことは、と溜息一つの絃子。これだから君にはあまり、と言いかけたところに。
「でも刑部さんが私のこと頼りにしてくれて嬉しいです」
「……ん?」
怪訝そうに聞き返す絃子に、ほら、いつも全部自分でやろうとするじゃないですか、と笑う。
「変わらないですよね、昔からそういうところ。もっと周りの人に頼ってもバチは当たらないと思いますよ」
笑顔でそう諭す笹倉。それを聞いた絃子は、しばらく考えるような素振りを見せる。
「ふふ、そんなに気にしないで下さい。それじゃ始めましょうか」
そう言って先にキッチンへと向かう。
その背中に。
「……ありがとう、葉子」
小さく囁く。
「何か言いました?」
「いや、なんでもないよ」
そう返してから、絃子もその後に続いた。
◆
そして当日。播磨の前には所狭しと料理が並べられている……などと言うことはなく、こちらもいたってシンプルな和食。違いらしい違いといえば、メインの焼き魚が加えられている程度である。
さて。
「で……どうだ?」
ずずず、と味噌汁をすする様子を、興味津々といった様子で見つめる絃子。んなことされたら答えにくいじゃねぇか、と思いつつも、素直な感想を口にする播磨。
「いいんじゃねぇの?」
その感想に、馬鹿者、と絃子。
「世辞は要らんと言っただろうが」
「……あん?なんで俺が絃子にお世辞なんか言わなきゃなんねぇんだよ」
それにな、と更に続ける播磨。
「テメェで自信のないもん人に食わせようとしてたのか?」
「む、そういうわけじゃないが……」
正論の播磨に珍しくやり込められる絃子。
「うめぇもんはうめぇし、マズイもんはマズイ。そういうもんだろ」
「……そうか。そうだな」
ようやく表情を崩した絃子を見て、もう一口味噌汁をすする播磨。
「ま、久々でこれなら上々だろ。にしてもよ、ホント変わってねぇな」
「何のことだ?」
怪訝そうに聞き返した絃子に、だから味付けだよ、と一言。
「昔食わせてもらってたのと全然変わってねぇ、ってな」
「……覚えて、いたのか」
――絃子姉ちゃん。
そんな言葉が絃子の胸に蘇る。
記憶の片隅に、でも捨てずにとっておいた遠い日の思い出。
「そりゃそうだろ。嫌いじゃなかったしな」
視線を外しつつそう答える播磨を軽く小突く絃子。
「そういうときは素直に好きだった、と答えるものだよ、拳児君」
うるせぇ、と今度は若干赤くなる播磨に。
「まあいいさ、今に君が満足するものを作ってやろう」
見ているといい、そう言って。
楽しそうに絃子は笑った。
◆
――翌朝。
「……あのよ」
「何かな?拳児君」
「んな後ろでじっと見てられるとやりづれぇんだけどな」
「気にしないでくれ。少し参考に……」
そう言いかけた絃子を、いいんじゃねぇの、そういうの、と止める播磨。
「あれだ、レパートリーっつーのか。それを増やすのはいいんだけどよ、別に味を変えるこたぁねぇだろ」
「……ほう?」
続きを促す絃子に、あんまり言いたくねぇんだけど、と思いつつ続ける。
「そいつの味ってのはそいつにしか出せねぇんだよ。だからな、絃子のアレははアレでいいんじゃねぇのか?」
少なくとも俺は嫌いじゃねぇよ、と小さく付け加える。
「……フン。言ってくれるじゃないか、君も」
そこで一呼吸置いてから、今度は耳元で。
「――――ありがとう、拳児君」
そう言ってから、肩越しに軽く頬に口付けをする。
「っ!な、な、な、ななな!」
思わず鍋を取り落としそうになる播磨に、おやおや、折角の料理が台無しになってしまうよ、と悪戯っぽく笑う絃子。
「……テメェ」
「なに、ちょっとしたご褒美だよ。受け取っておいてくれ」
さて、と呟いてから居間に戻り、新聞を広げる絃子。やがて、むすっとした表情の播磨がやって来て食器を並べていく。
「ほらよ」
「ん――」
そんないつものやりとりの後に、絃子はもう一度先ほどの一言を付け加えた。
「――いつもありがとう、拳児君」