Nocturne




 ――夢を、見ていた。
「サラって呼んで下さいね」
 そう言って、彼女は笑った。
(また、あのときの……)
 まどろみの中で、サラと友人になったあの日の光景を眺めていた。
 嬉しそうに話しかけてくるサラと、まだ戸惑いの方が大きくてそこから抜け出せない自分。
(……でも、私も嬉しかった)
 どこか自分のことを特別視するような周囲の目とは違って、サラは対等の立場で接してくれた初めての人だった、と思い返す。
「……あ、ごめんなさい」
「え……?」
 なんだか私ばっかり話してて、と申し訳なさそうに――本当に、心から――謝ってくるサラ。
「塚本さんのことも知りたいな、私」
「あの!八雲、でいいです、私も……」
(すんなり言えた……)
 考えるより先に言葉が出てくる、それは自分にしてはとても珍しいことで。そしてその言葉に、そうだね、とサラも頷いて。
「それじゃ八雲のことも教えてくれないかな。せっかく」
(友達になれたんだから――)
 記憶の中のサラがそう微笑んで――――





「……ん」
 ――そして私は目を覚ました。まだうっすらとぼやける視界に映るそこは、夕陽の射し込む学校の音楽室。耳には柔らかなピアノの音色が響いてくる。
(また……)
 いつもながらの自分のクセに、小さく溜息をつく。
 と。
「起きた?八雲」
「サラ……」
 ピアノの音色が止まり、今までそれを弾いていたらしいサラがいつもの笑顔で声をかけてくる。
「音楽鑑賞で寝ちゃう、っていうのが八雲らしいよ」
「……」
 思わず赤くなってしまう私に、冗談だよ、と言いながら一枚の紙を渡してくる。
「感想……」
「うん、後でもいいから出してほしい、って先生が」
 そこでくすっと笑ってから続ける。
「『退屈で居眠りしているような連中とは違って、塚本はちゃんと曲を聴いた上でそれに引き込まれるタイプだからな。その素直な感想が聞いてみたいよ』だって」
「そんな……」
 またしても赤くなってしまう。
「恥ずかしがるようなことじゃないと思うけど……それに、八雲のそういうところ好きだな、私」
 その笑顔は記憶の中のあのときと同じで。
「ありがとう……」
 私はサラと友達になれて本当によかったと思う。
 そのサラは、どういたしまして、と冗談めかして答えてから尋ねてくる。
「それで感想なんだけど……書ける?」
「大丈夫……だと思う」
 どこまで聴いていて、どこで眠ってしまったのかあまりよく覚えていなかったけれど、私はそう答えた。
「そっか。それじゃ私はお役御免、だね」
 ちょっとがっかりした風に言うサラ。私がきょとんとした顔をしていると。
「もし八雲が無理、って言ったらね、生演奏でも披露しようかと思ったんだけど」
 大丈夫ならいいよね、そう言って、うんうん、と頷いている。
「あの、サラ……」
 何?、と聞き返してくるサラに、思い切って言ってみた。
「……もしかして、弾きたい?」
 ちょっとだけ驚いた顔をしてから。
「……わかる?」
 そう言って、ちょっと恥ずかしそうに笑った。
「うん……それに、私も聴きたい。サラの演奏」
 つられるようにして微笑んでしまった私は、一つお願いをしてみた。
「――ありがと、八雲。それじゃがんばっちゃおうかな」
 腕まくりでもするみたいな仕草をしてから、ピアノに向き直るサラ。
「ショパン『夜想曲Op.9-2』――いくよ」
 鍵盤の上に指が下ろされて、二人だけの演奏会が始まって。
 夕陽に染まる音楽室に、柔らかいピアノの音色が流れた――