Not Logic, But Magic.
「恋愛というのはだな、いいか周防、ロジックじゃなくて――」
◆
シュン、と風を切る音が道場に響く。花井春樹、今日も朝から稽古である。クリスマス、という祝祭のせいか、普段はちらほらと人影の見えるその場所も、今日は彼一人である。
「……ふう」
一通りの型を終え、息をついたその矢先。
「あれ?いたんだ」
「周防か」
胴衣姿の美琴が入り口に立っていた。目的はどうやら同じらしい。
「お前も暇だなぁ、せっかくのクリスマスだろ?誰かとどっかに行きゃいいのに」
「その言葉をそのまま返してやろう」
それにな、と無駄に胸を張る花井。
「僕には八雲君とデート、という素晴らしい予定があったのだ!」
「……どーせ断られたんだろ」
「甘いな。彼女は『また今度……』と言ったのだ。いささか消極的ではあるが肯定には違いあるまい」
「あたしにゃ消極的否定に聞こえるけどね……」
そう言い合いつつも、自然と試合の間合いを取る二人。別にけんかをしようというわけではない。二人がいてここが道場であるのなら、幾度となく拳を交えた仲である、当然の結果だ。
「こりないね、まったく」
「僕が八雲君を想う気持ちにやましいところなど一つもない。何を恥じる必要がある?」
向かい合って言う。
次の瞬間、美琴は動いた。
「――怖くないの?」
問いかけと同時に、流れるような動作で拳を突き込む。
が。
(ふむ。迷い、か)
らしくないな、と思いつつ、花井はその腕をあっさりと捌ききる。
「……っ」
体勢を崩す美琴の無防備な姿。一撃で勝負は決する。しかし、花井はそうしなかった。
「知っていると思うが、八雲君は姉の塚本君と違ってすこぶる消極的だ」
まあ彼女も彼女で問題なしとは言えないが、と付け足す。
「……それが?」
へたり込んだ恰好のまま聞き返す美琴。
「それ自体は決して悪いことではない。むしろその奥ゆかしさがだな……いやそれはいい。ともかく、だ。もう一度言うが、それは悪いことではない。だがな」
「それだけじゃ、ダメ?」
うむ、と頷く花井。
「時間をかければ誰しも彼女がそういう人間であると分かるだろう。しかし、世の中にはその時間さえ惜しむような連中が存在する」
残念ながら、な。それは自分をも戒める言葉のように美琴には聞こえた。
「だから僕は彼女の答を聞きたいと思っている。例えそれが否定でも、だ。彼女が誰かのことを想っているというのであれば、協力もしよう」
それがあの男だとしても、というのはさすがに口には出さない。
「……花井はさ、いいの?それでも」
心なしか震えているその声に気がつかない振りをして、花井は続ける。
「もちろん肯定にこしたことはない。だがな、それ以上に僕は彼女に答を出して欲しい。ひどく些細なことかもしれないが、変わってもらいたいと思っているんだ、彼女に」
美琴の目を見つめて言う。
「恋愛というのはだな、いいか周防、ロジックじゃなくて――」
一呼吸。
「――マジックなんだ」
人は誰でも変われるんだ、自分の意思で。
そう締めくくった。
「……」
肩を振るわせてうつむいている美琴。
「どうした?まさか……」
「く、は、あははははは!」
「お前な、人がせっかく人生の教訓をだな」
「あー、悪い悪い。いや、お前がそういうこと言うなんて全然思ってなかったからさ」
涙目で笑いつつも、そこにはいつもの美琴の姿があった。
「前から思っていたんだがな、一体僕のことを何だと思っているんだ」
「だから悪かったって言ってるだろ」
と、そう言ってから、そうだ、と手をポンと打つ美琴。
「ためになる話を聞かせてもらったお礼。今日一日付き合ってあげるよ」
「何?だいたいお前、稽古をしに来たんじゃ……」
「いーからいーからそんなの。ホラ行くよ!」
先ほどの弱気はどこへやら、完全復活の美琴の姿。
(単純と言うか、まったく……)
苦笑混じりにそんなことを思う花井。
「分かった。今行くから待ってろ」
着替え終わって表に出る頃には、既に時刻はお昼前。
「さ、半日しかないからね。遊ぶぞ!」
「ほどほどにな」
まあこんなクリスマスも悪くはないかな。
そう思う二人の姿がそこにあった。