Reconstruction




「そんな、分かってくれたらいいよ」
 そう言った八雲の目の前には、テーブルに額をつけるようにして頭を下げているサラの姿。そこまでされると逆に申し訳なくなってしまうものの、なかなか彼女はやめようとしない。
「サラ……」
 普段はその気性から自分が下手に回ることの多い八雲、こういう事態にはとことん弱い。どうしよう、と思わず溜息が出てしまう。
 さて、事の起こりは――と言えば、それほど大したことでもない。件の『噂』が流れ出して以来、好奇の視線にさらされることの多い八雲。幾度となくその誤解を解こうとしたものの、拳児と二人で会っているのは紛れもなく事実。そしてその理由は話せないとなれば、年頃の男女が『そういう関係』を連想するのは致し方ないところ。
 そんな風にして一人歩きを続ける噂に、いけないと思いながらもどうにも出来なかった八雲。そこにかけられたのが、後で話があるから部室に来てくれないかな、というサラの声。どこにいても微妙な居心地の悪さを感じ取っていた彼女が、その真剣な表情に久々に足を向けた部室。そこで待っていたのがサラによる謝罪だった――というわけである。
「……ホントに許してくれる?」
「許すとか許さないとか、そういう問題じゃ……」
 とにかくもういいから、という八雲の言葉に、ようやく恐る恐るながらも顔を上げるサラ。申し訳なさそうながらも、そこにいつもの表情があるのを見て少し安心する八雲。
「ダメだね、私。八雲のことなら一番分かってる、なんて思いこんでて迷惑かけてばっかり」
「そんなことないよ。サラはいつも私のこと見ててくれるし、」
「……でも今回はそうじゃない、よね?」
 その切り返しに言葉に詰まる八雲。確かに今回の件は少し――否、とても困ったのは事実。
「……うん」
「ね。そういうときはちゃんと言わないとダメだよ……って、私が言う台詞じゃないけど」
 あはは、とそこでようやく小さく笑顔を見せて、私嬉しかったんだ、とサラは続ける。
「何が……?」
「八雲って男の子苦手だよね。それがさ、いきなり付き合ってる、なんて話だったから。もちろん最初はびっくりしたけど、播磨先輩だったら何度も会ってるし、そういうこともあるのかな、なんて」
 こういうの勇み足って言うんだっけ、と今度は自嘲気味の表情。
「八雲のことは八雲自身が決めるのに、その八雲の話を聞かないで騒いでただけだもんね、私。ちゃんと人の話を聞いて考えること、それに友達には迷惑をかけないこと。それが今回の反省、かな」
 言い終えて、ごめん、ともう一度頭を下げるサラ。
「ううん、私も全部きちんと説明した訳じゃないし……」
 口止めされていたとはいえ、マンガの件に関しては一切の説明をしていない八雲。それが事態に拍車をかけていたことも重々承知している。
「誰にだって話せないことってあると思うよ。私だって八雲に言ってないこと、いろいろあるしね」
 けれど、八雲は悪くないとでもいうように、サラはそう言って笑ってから、少し切り口の違う質問を口にする。
「それで、変なこと訊くみたいなんだけど……八雲にとって播磨先輩ってどういう人、なのかな」
「それは……」
 答えられないならいいよ、というサラを制して少し考える八雲。
 そして。
「……友達、だと思う。播磨さんは私のことどう思ってるか分からないけど……それでも、今はそうじゃなくても、いつかそう思ってくれたら」
 嬉しいかな、と最後は小さな声で締めくくる。
「そっか……そうだね。先輩だったら八雲のいい友達になってくれるよ、きっと」
 うん、と頷いてから、そういうことなんですけど、と部室の奥に向かって声をかけるサラ。
「サラ……?」
「ごめんね、早速言ってないことなんだけど……」
 その言葉に続いてそこから現れたのは。
「播磨さん?」
 何とも複雑な表情をしながら軽く手を上げる拳児、どうやら最初からそこにいた様子である。
「昨日なんだかすごく深刻そうな顔で、もう妹さんには会えねぇ、なんて言いに来たからお話聞いたんだ」
「じゃあ……」
「うん、事情は大体分かってるつもりだよ。でもね、だからっていきなりもう会わない、っていうのはどうかな、って思ったからちょっと、ね」
 余計なお世話だったかもしれないけど、と小さく肩をすくめてみせてから、先輩、と拳児を促す。
「……あー、その、だな」
「……はい」
 互いに予想外の事態にどこかぎこちない二人。確かに付き合ってる、っていう雰囲気じゃないか、と静かにそれを見守るサラ。
「もし迷惑じゃなかったら、これからも頼みたいんだが……」
「そんな、迷惑とかじゃ……播磨さんが一生懸命なのは分かります。それに」
「……それに?」
 あ、いえ、とその先は言葉を濁す八雲。
 ――姉さんのことを想ってくれる人だから。
 まだ確信には至らない、予感にも似たその言葉は胸の奥に仕舞い込まれ、そして拳児はそれに気がつかない。
「そうか。んじゃこれからもよろしくな」
 はい、と差し出されたその手をとって握手を交わす八雲。
「それじゃ、お話もまとまったところでお茶でも淹れますね」
 それを見届けて、こういう友達もありだよね――そう思いながら、ぱん、と小さく手を打って立ち上がるサラ。
「悪ぃな、なんかいろいろと」
「気にしないで下さい、せめてもの埋め合わせですから。あ、八雲も座ってていいからね」
 とびっきりのをご馳走するから、と立ち上がりかけた八雲を制して湯を沸かしに向かう。
「なんつーか、そうだな……いい子だな」
「はい。私の一番の友達です」
 そう言って八雲は微笑む。

 ――そんな風にして。
 今までとは少し違う、けれど確かに『日常』が再び彼女たちの元を訪れた。