Rumble fish
Scene 3
暗い廊下。無音。
累々たる『死体』――敗北者。
「くそっ、どこだ!」
「……おい、こりゃ一旦引いた方が」
「バカ言うな、ここ抜かれるワケにゃいかねぇだろ? しかも相手は」
小声の二人、その背後に音もなく立つ人影。
「たった一人」
「っ!」
「な!?」
驚愕する二人の表情を映し、暗転。
銃声。
「――ごめんなさい」
◆
「お疲れさま。よかったわよ、つむぎ」
そう言って舞が笑顔で差し出したペットボトルを、はにかみながらも、ありがとう、と受け取るつむぎ。一口含めば、喉を駆け下りていく炭酸の刺激が快く感じられる。
「急造のバンドにしては上々だったでしょ?」
「言わなきゃ誰も信じないわよ、そんなの。同じクラスの私からしてみれば、異色のメンバーだとは思うけどね」
「うん、それは私も。その辺は冬木君らしさだと思うけど」
つむぎの言葉に、変なところですごいのよね、と舞も頷く。単なるカメラ小僧と思わせるようで、意外に鋭い目を持っている冬木。なんだかんだと問題を起こしながらも、ある意味でクラスの中枢を担っている一人である。
「それで、クラスの方はどう? 舞ちゃんは見に行かなくてもいいの?」
「盛況だと思うよ、それなりに。私の方の仕事は準備段階でおしまい、当日までの裏方、かな」
「そういうの、舞ちゃんらしいよ」
若干苦笑混じりのつむぎ。
「せっかくなんだから、準備だけじゃなくて本番も楽しめばいいのに」
「楽しんでるって、十分。裏方の仕事だって昔からそっちの方が好きだったしね」
こちらも自覚しているのか、やはり苦笑混じりの舞。
「……ところでさ」
「何?」
「おかしなこと訊くんだけど……どこも変じゃないわよね、私」
わずかに表情を曇らせ、唐突にそう尋ねてきた舞に眉をひそめるつむぎ。
「えっと、別にそんなことないと思うけど……どうして?」
「それがね――」
◆
Scene 7
教室。荒い息遣い。
背中合わせに立つ二人の男女――沢近と播磨。
「……ちょっと、離れなさいよ」
「うるせぇ。ヘタに動けねぇんだから仕方ねぇだろ」
「……フン」
慎重に辺りをうかがう。
人の姿は見えない。
「このままじゃどうしようもないわね。動くわよ」
「……いけんのか?」
「あっちは一人よ? それに」
「それに?」
沈黙。
耳に痛いような静寂。
「この私と」
画面は播磨の正面から。
沢近の表情は映らない。
「――アンタで負けるわけないじゃない」
一拍の間。
「けっ、言ってくれんじゃねぇか。んじゃあっさり死ぬんじゃねぇぞ」
「その言葉、そのまま返すわ」
二人、口の端に笑み。
死線を抜けてきた者だけに許される、壮絶な笑み。
「Ready――」
沢近、笑みの引いた正面からのカット。
「――Go」
◆
「視線を感じる?」
「そうなの。最初は勘違いかと思ったんだけど、なんだかずっと……ほら」
言われたつむぎが舞の視線の先に目をやれば、何やらこちらを見ている二人連れの女生徒。何故か二人とも両手を胸元で組んでいて、心なしか潤んでいるような瞳。やがて逆に見られていることに気がついたのか、はっとした表情になってきゃーきゃーと走っていく。
「……何あれ」
「こっちが聞きたいの。午前中はあそこまでじゃなかったんだけど……」
はあ、と舞が溜息をついたところに。
「なになに? どうしたの?」
「あ、嵯峨野さん」
つむぎと同じバンドのメンバーだった恵が話に食いついてくる。
「えーとね」
かくかくしかじか、と事情を話すつむぎ。それを聞いて、ふうん、と何かを考える素振りを見せていた恵が文化祭のパンフレットを取り出す。
「文化祭の前まではそんなことなかった……って言うより、今日からなんだよね」
「え? あ、うん」
さらに問は重ねられる。
「そして、時間が経つごとに気になる回数も増えてきた、と」
「うん……なんだか段々派手になってきてる気もするし」
「派手、って言うと?」
「……さっき、なんか男の子に敬礼されたの」
「あこがれの表情に敬礼、ね」
やがて、出展の一覧を追っていた彼女の目が一点で止まる。
「じゃ最後に一つ確認ね。ちょろっと噂で聞いたんだけどさ、大塚さんってこの間のゲームで大活躍だったんだって?」
「そうなの? 舞ちゃん」
「……活躍とかじゃなくて、私はああいう馬鹿げたお遊びは早く終わらせないと、って思って」
ちょっとがんばりすぎたかも、と次第に尻すぼみになる声。それを聞いて、だったらさ、とパンフレットのある出展題目を指し示す嵯峨野。
「もしかして、コレのせいなんじゃない?」
◆
Scene 9-3
カタン、という小さな物音。
振り返る沢近。
視界の中で動く黒い影。
「そこっ!」
「待てお嬢、そいつは」
その影に当たり、カン、と軽い音を立てて跳ね返る銃弾。
「鏡!?」
「くそ、逃げろ沢近――!」
声に被さるようにして、沢近の後頭部に静かに突きつけられる銃口。
「チェックメイト、かしら」
「……参ったわね」
両手を上げた沢近の手から二丁の銃が落ちる。
その正面に立つ播磨は動けない。
「ここにきてトラップとはね」
「二対一、だったしね」
「まあいいわ。それじゃ」
笑顔の沢近。
「あとは任せたわよ」
そして――
◆
「こらーっ!」
目指す教室のドアを勢いよく開け、そのまま怒鳴り込む舞。後ろには、苦笑いを浮かべるつむぎと恵の姿。
「どういうことなの!? 高野さん!」
「それはこちらの台詞だと思うけど」
臆せず淡々と答えたのは、この部屋で行われている『個人撮影映画』の出展者である高野晶その人。大入りの客の前、大画面に映し出されているのは先日行われたサバイバルゲームの模様であり、そして。
『――なんてね』
『え――?』
カチン、と撃鉄の落ちる音だけが響く。
『もう弾切れなの』
さばさばとした表情で、愛理の後頭部に突きつけていた銃を下ろす舞の姿だった。
「撮影の許可は取ったと思うけど?」
「それはいいの。高野さんのことだから、こういう風になるのはなんとなく予想出来てたし」
「だったら何か問題が?」
しれっと言ってのける晶に、遂に舞が沸点を突破する。
「だからどうして私の扱いがこんなに大きいの!?」
――そう。
前半部での鬼神のごとき活躍、そして終盤においても愛理と拳児――それぞれに様々な意味で有名人たる二人を敵に回し、最後まで戦い抜く。ある種主役とさえ言えるポジションが、その映像の中では舞に与えられていた。
それ故に、この映像を見た生徒から口コミで評判が伝わり、仮名も何も使っていない登場人物たちを捜すのはそう難しいことではなかった、というのがことの真相。
で。
「その方が面白いと思ったから」
「な……そんな!」
またもあっさり言い放つ晶に、舞が一瞬言葉に詰まる。そこでさらに、ねえ、と客席に向かって問いかける晶。え、と振り向いた舞の視界に映ったのは。
「舞さん、ですか?」
「握手してください!」
「サイン!」
「え、あ、ちょ、待っ――」
にわかファン、とでも言うべきか、文化祭の空気にも後押しされてテンションの高くなっていた観客たちにもみくちゃにされる舞。晶はと言えば、すっとその隙間を縫うようにいつのまにか抜け出し、つむぎや恵と一緒にその騒ぎを眺めている。
「言わない方がよかったかな……」
「そんなことないと思うよ、嵯峨野さん。だって舞ちゃん、嬉しそうだもん」
確かにつむぎの言葉通り、先程まで言っていたほどに舞に嫌がる素振りはなく、その表情には心なしか笑顔さえ見える。
「舞ちゃんは裏方だけでいい、って言ってたけど、こういうのも、ね」
高野さんもそう思ったからなんでしょう、と話を振るが、さあ、と晶はやんわりそれをかわす。
「それに、これを見て慌てるのは大塚さんだけじゃないよ」
「……それって」
「……やっぱり」
つむぎと恵が顔を見合わせたところに。
「どういうことだよ!」
「どうなってるのよ!」
怒鳴り込んできたのは、サングラスの少年に金髪の少女。火に油を注ぐ、という言葉さながらに、その場の混沌はさらに度合いを増していく。
「――――!」
「――――――」
「――!?」
喧騒と熱狂。
日常とは違う様々な空気を飲み込んで、文化祭の初日はその熱をますます上げていく――