Relations with us
「まったく、どうして僕がお前の勉強に付き合わなきゃならんのだ」
「だから悪かったって言ってるだろ……」
花井と美琴、図書館からの帰り道である。
「しかし、どういう風の吹き回しだ?一時期勉強なんて放り出してたじゃないか」
「……それは。まあ、いろいろあったんだよ」
少しだけばつが悪そうに下を向く美琴。その様子に追求するのをやめる花井。
「そうか。何にせよ、やる気があるのはいいことだ」
なに、周防ならコツさえつかめば出来ないことなどそうそうない、と笑う。
「その根拠のない自信、分けてほしいよ」
そう言いながらも笑顔の戻る美琴。
と。
「おお!そこを行くのは塚本君じゃないか!」
「あ……」
見れば、たまたま通りがかった様子の買物かごを下げた八雲。当然花井はいつものように速攻で声をかける。
「これからお茶でも……と言うにはいささか遅い時間か。では夕食でもど」
うかね、と言い終わる前に、その後頭部に拳が突き刺さる。
「相変わらず限度ってもんを考えないよな、お前って……」
容赦のない、と言えば容赦のない仕打ちなのだが、そもそも美琴と一緒に帰っていた花井、瞬時にそれを忘れて声をかけるのも問題であり、この時間帯に買物かごを下げている、という時点で一緒に夕食も何もない。
その辺りの状況を一足飛びに追い越してしまう、という辺りが彼らしいのだが。
「あの、大丈夫なんですか……?」
前のめりに倒れたままで動かない花井を見て、心配そうな様子の八雲。
「あー、平気平気。コイツこう見えても頑丈だからさ。それよりごめんね、このアホがさ」
と言いながら、足で花井をつつく。
「いえ、そんな……」
確かに自分はまったく何もしていないわけで、どう考えても悪いのは花井なのだが、この状況だけ見るとどうにも後味が悪い感じがして返答に困る八雲。結局、
「……すみませんでした」
花井と美琴、双方に対する言葉を口にする。
「そんなに気にしなくっても平気なんだけど……ま、ありがと」
それじゃ気をつけて帰りなよ、と軽く手を上げる。
「はい、先輩も……」
そう言って、律儀に頭を下げてからその場を立ち去る八雲。いいコだね、などと思いながらしばらくその後ろ姿を見ていた美琴だったが、そろそろ、と思ってまだ倒れている花井に向き直る。
「ちょっと、鈍ってんじゃない?これくらいで……」
言いながらその身体を起こそうとして――
(……熱い?)
その手に触れた違和感に、嫌な予感を覚えて花井を抱き起こす美琴。そして、そっとその額に触れる。
「っ!これ……」
「……ん?ああいやいや、ちょっと昨晩から調子が悪くてね……」
ようやく気がついたらしい花井、しかしその笑顔には先ほどまでの力はない。
「ちょっとってどこがだよ!ひどい熱だろこれ!」
「そうは言ってもな、学校を休んでは塚本君に会えないじゃないか」
「お前……」
「明日は休みだし、家に帰るまでは保つと思ったんだが……塚本君に会えて気が抜けたか」
これじゃ本末転倒だな、と力なく笑う。
「何馬鹿なこと言ってるのさ、もうっ……!」
(あれだけ一緒にいて気がつかない私も馬鹿だ……)
苦い思いが胸で渦巻く。
「……っしょ、と。ほら、行くよ!」
ぐったりした花井の身体を抱きかかえ、美琴は走り出した。
◆
夜。
「結局ただの風邪、ね……」
「だから大丈夫だと言っただろう」
花井の部屋、ベッドに横たわる部屋の主と仏頂面で椅子に座る美琴。
「『ただし相当無理をしていたようなのでしばらくは安静にしていること』、じゃなかったっけ?」
「そうだったかな?いや、僕としたことがまったく聞いていなかったよ」
はっはっは、と今度はだいぶ調子を取り戻した笑い。
「あのね」
言いかけた美琴を遮って、どうだ、と言わんばかりの表情で言い放つ花井。
「しかし今日は素晴らしい一日だった。塚本君に会えたからな」
「……馬鹿だね、ほんっとにさ」
呆れを通り越して、苦笑とともにそう口にする美琴。
「馬鹿で結構。少なくとも僕はこの生き方が間違っているとは思っていない」
その得意げな顔に、言ってろ、と席を立つ。
「どうしようと勝手だけどさ、せめて明日くらいはちゃんと寝てなよ」
部屋を出る間際に釘を刺し、わかってるさ、という声を聞き届けて廊下に出る。
「……ったく」
昔っからこうだよな、と思いながら自宅へ戻る美琴。
(それにしたって今回はおかしいよな、やっぱり)
「それだけ本気、ってことか……」
ぽつりと呟いてから携帯電話を取り出し、電話をかける。
「……あ、塚本?悪いんだけどさ、妹さんと代わってくれないかな、ちょっとさ……」
◆
翌日。
「……」
朦朧とした意識のまま目を覚ます花井、どうやら本人が思っている以上に身体の方には堪えていたようである。
(やれやれ、これでは言われるまでもなく、だな)
夢うつつのような状態でしばらくまどろみの中に浸る。
――とんとん。
(……ん?)
――とんとん。
どれくらいそうしていたのか、今度は扉をノックする音で意識を取り戻す。誰だろう、と訝しみながらも、どうぞ、と声をかける。
「失礼します……」
そう言って入ってきたのは。
「なっ!塚本君!?」
病人とは思えない大声にびくっと身をすくませたのは、塚本八雲その人だった。
「あ、いや、すまない……」
非礼を詫びると同時に、思わず起こしてしまった上体の反動でくらりとする頭にベッドに潜り込む花井。
「あの、大丈夫ですか……?」
「君が来てくれたんだ、何の問題もない。……ところで何故わざわざここに?」
これが愛の成せる技か、という台詞がいつもなら続くところだが、さすがに今日は身体がついてこない。ただし、八雲の方には筒抜けである。
「……花井先輩が病気だって聞いて」
「周防、か」
誰に、とは聞かずにその名を口にする。
「はい……それで、お見舞いに行ったら喜ぶから、って」
「そうか……」
思案顔になった花井に、急な話だったので何も持って来られなくてすみません、と頭を下げる八雲。
「何を言っているのかな、先ほども言ったが君が来てくれるというだけで十分過ぎるほどだ」
そう言って笑みを作る。
「さて、あまり長居をすると君にもうつってしまうからね。そろそろかな」
君の気持ちはしっかり受け取ったよ、ありがとう、と八雲を促す花井。
けれど。
「あの、先輩……」
「ん?何かな?」
告白か、といういつも通りの心の声に少し安堵――そんなに悪い状態ではないらしい――を覚えながらも、本題を口にする八雲。
「周防先輩、すごく心配してました。昨日も私に、こんなこと頼める義理じゃないんだけど、って一生懸命……」
だからお礼を言うなら私じゃなくて、と彼女にしては珍しく訴える。
「……わかったよ」
もう一度微笑む花井。
「ただし、だ。僕が君に感謝していることに変わりはないよ」
だから言わせてくれ、と。
「ありがとう、塚本君」
「……どういたしまして」
答えて八雲も微笑んだ。
◆
夕方。
――こんこん。
八雲が帰った後、薬のせいもあって眠りに落ちていた花井は、再びノックの音で目を覚ました。今度はあいつだろうな、と思いつつ、どうぞ、と声をかける。
「よ。少しはマシになったか?」
果たして、入ってきたのは美琴だった。おかげさまでな、と言う花井に、びっくりした?、と尋ねる。
「当然だろう。夢でも見てるのかと思ったぞ、正直な話」
「はは、そりゃいいや。最高の夢だっただろ?」
そうだな、と言ってから、美琴の目をきちんと見据える。
そして。
「――ありがとう」
「な、なんだよそんな改まってさ……」
「塚本君から聞いたよ。なんでもずいぶん心配してくれていたそうじゃないか」
「……当然だろ。友達――なんだから、さ」
そうか、と言う花井に、そうだよ、と答える美琴。
そのやりとりがどこかおかしくて、どちらともなく笑い出す。
「ま、ともかくよかったよ、元気そうでさ。あとはもう一晩ゆっくり寝て、ちゃっちゃと治しちまいな」
「そのつもりだ。なにせ明日はちゃんと学校に行かなくてはな」
にやり、と笑う花井に、言ってろ、と昨日と同じように席を立つ。
「それじゃ、明日な」
「ああ」
◆
その晩、花井は夢を見た。
それはずいぶんと久しぶりに見た夢で。
まだ彼が彼女のことをミコちゃんと呼んでいた、そんな遠い日の色褪せない記憶だった。