snowball fight




 その晩は、近年まれに見る大雪だった。とは言っても、さすがに都市部ということもあり雪国から見ればお話にもならない、という程度の積雪。
 けれど、そうは思わない人もいるわけで。
「ねーねー八雲!すごいすごい、積もってるよ!」
「……姉さん、そんなにはしゃがなくても」
 だって雪だよ、と庭を駆け回る天満。風邪引くよ、という八雲の声もどこ吹く風、どこぞの歌の犬さながらである。
「せっかく積もったんだから、楽しまないと損だよ。……あ、そうだ!」
 特技の一つとも言える突発的思いつき、今日もそれを如何なく発揮して電話をかけ始める。
 そして。
「第一回、男女対抗雪合戦ー!」
 ということになるのだった。
「……塚本、それは別にいいんだけどよ」
「この戦力差はどうかと思うぞ、僕も」
 集まった面々。
 天満、美琴、晶、沢近、八雲、サラ、播磨、花井。
 平たく言えばいつものメンバーである。
「大丈夫ですよ、先輩。私と八雲は見てるだけですから」
「いや、そういう問題では……しかもそれでは八雲君と同じチームになれ……いや敵同士になるよりはマシなのか……?」
 例によって例のごとく、余計なことで悩み始め、
「うむ、ならばいっそこの方がいいな!」
 決断を下す花井。
(何!?んなコト言ったら俺だって天満ちゃんと……)
 動揺する播磨。
「平気平気。それともオンナノコに勝つ自信がないのかな?」
 朝のテンションそのままに、無駄にノリノリの天満。ちなみにこの台詞に対して、お前が言うなよ、と当然ながら全員が思ったというのを記しておく。
「当然、真剣勝負だよな?」
「ふん、当たり前だ。それに八雲君の見ている前で無様な姿は見せられん」
 そんな天満を余所に、妙に盛り上がる美琴と花井。
「ちっ……仕方ねぇ……」
 でも天満ちゃんは絶対狙わないぜ、と思う播磨だったが、もう一つ大きな懸念がある。
(……敵にも味方にもしたくねぇヤツがいるんだよ)
「ま、なんでもいいから早く始めない?」
 手頃な的もあることだし、と播磨を睨む沢近。本気の目。
 ちなみに晶は既に雪玉の準備を終えていたりして、なかなかやる気十分である。
 かくして。
「うん!それじゃ始めるよ、せーのっ、スタート!」
 戦いの火蓋は切られた。
「覚悟しなさい!」
「っと、やっぱりかよ!」
「それじゃいくよ!」
「お前には負けん!」
 開始早々、沢近・播磨、美琴・花井と二分される戦況。晶はどちらに付くかを様子見、天満はその間を右往左往、という図式になる。
「もう!ちょろちょろしないで大人しく突っ立ってなさいよ!」
「アホかお前!ンなこと出来るかっ!」
 最初の勢いそのままに、ひたすら追い回される播磨。その耳元をかすめる雪玉の音は、どう考えても当たればただではすまない、というもの。
(冗談じゃねぇ……せっかく天満ちゃんがいるってのによ……)
 その天満はと言えば、時折視界には入るものの、当然敵なので雪玉が飛んでくるばかり。彼女らしくとんでもない方向に飛んでいくことが多いのだが、警戒は怠れない。
(あれはホンモノだったぜ、天満ちゃん)
 直球顔面デッドボール、その脅威を播磨は忘れていない。
「待ちなさいよこのヒゲ!」
「るせぇっ!黙れこの金髪が!」
 もはや雪合戦なのかなんなのか、よくわからない二人のチェイスは続く。
 一方。
「……」
「……」
 こちらもこちらで雪合戦らしくない二人である。先の先を取るか、後の先で切り返すか、読み合いは果てしなく続く。
「どうした、僕が怖いのか?」
「冗談。そっちこそ仕掛けてこないの?」
 到底遊びとは思えない緊張感が高まっていく。





 さて、外野はと言えば。
「八雲はやっぱりお姉さんのことが心配?」
 ぎゅっと手を握って戦況を見つめている八雲にサラが尋ねる。
「うん……」
 不安そうに頷く八雲に、でも大丈夫じゃないかな、とサラ。
「だって……なんだか塚本先輩に構ってる人いないみたいだし……」
「そうなんだけど、姉さんたまに……あ、ほら」
 指さしたその先で、転んで雪に突っ込んでいる天満の姿。
「ほんとだ。でもあれって……」
「うん、一人で転んだだけだと思う……」
 自分のことのように恥ずかしそうに言う八雲。その姿が微笑ましくて、笑みのこぼれるサラ。
「でも楽しそうだよ、すごく」
 確かに、起き上がった天満の表情は満面の笑顔。とにかく雪で遊ぶのが楽しくて仕方がない、という様子である。
「姉さん……」
 それを見て、八雲の表情も少し和らぐ。
 そして。
「ほら八雲、花井先輩の方は決着つきそうだよ」
「……あ」





「……っ!」
 膠着状態を動かしたのは。
「いっくよー!」
 ――天満だった。
 幾度となく見当違いの方向に飛んだ雪玉が、初めて花井に向かって飛ぶ。しかも豪速球。
「ちぃっ!」
 体制の崩れる花井。
「もらったっ!」
「――甘い」
 すかさず放たれた美琴の攻撃をすんでのところで避け、
「これで」
 終わりだ、と言って雪玉を放とうとする――が。
「はい、お疲れさん」
 にやりと笑う美琴。
 どういう意味、と訝しんだ花井の耳元で。
「――チェックメイト」
 晶がささやいて、至近距離からの一撃を叩き込んだ。





「あっちはケリがついたみたいね……」
「そうみてェだな……」
 睨み合うは沢近と播磨。延々と続くかと思われた鬼ごっこも、さすがに男女の体力差はあるわけで、沢近の方がへばってきている。
「悪いが手加減はなしだぜっ!」
 飲まされてきた苦渋は数知れず、それなりに本気で――それなりに、という辺りが結局苦汁を飲まされる原因だったりもする――仕掛ける播磨。
「っ!」
 普段なら軽口の一つも叩くところだが、今回は余裕のない沢近。初撃はなんとか避けたものの、すぐさま投げ込まれた二撃目に足がついてこない。
「きゃ――」
 もつれた足が絡まるようにして倒れ込む。
「けっ、ざまあみろってんだ」
 宿敵を倒した瞬間である、その光景はスローモーションのように播磨には見えた。
 金色の髪が宙に舞い。
 身体が倒れていく――後ろに向かって。
 結果として、そのスカートも風に舞い。
 そして必然のように見えたのは――
「………………………………」
 播磨は石化した。
「つ……手加減しなさいよ!」
 このバカ、と言おうとして自分の体勢に気がつく沢近。
「………………………………」
 時が、凍った。
「……わね」
 ぴしり、と空間にヒビが入った――後に播磨はそう語っている。
「……見た、わね」
 ふるふるふるふるふるふる。
 壊れた人形のように首を横に振り続ける播磨。
「見たわね――?」
 ふるふるふるふるふるふる。
「……そう、わかったわ」
 こくこくこくこくこくこく。
 今度は頷く。
「言い残すことはない?」
「何もわかってねぇっ!?」
「それでいいの?じゃ、しっかり覚えててあげる」
 そう言って、沢近は嗤った。
「さよなら、播磨君」
 そして、地獄が現出した。





「先輩、大丈夫ですか?」
 大丈夫じゃねぇ、と覗き込んできたサラに答える播磨。
「死ぬかと思ったぜ……」
「ご愁傷様です。でも先輩だって悪いと思いますよ」
 そう言ってから、八雲と一緒に作ってきたお弁当です、とサンドイッチを手渡す。
「……不可抗力ってやつだろ、あれは」
 顔を赤くしてそっぽを向きつつ言う播磨に、そうじゃありません、と重ねて言うサラ。
「女の子って――な人には見られたくないんですよ、みっともないところ」
「?」
 聞き取れずに訝しげな顔の播磨。
「ふふ、気にしないで下さい。それより食べ終わったら次は雪だるまだそうですよ」
「……肉体労働はもう勘弁してくれ」
「塚本先輩の発案みたいですけど」
「よしやるか」
 すっくと立ち上がり、すぐさま雪を集め始めるその態度に、思わず吹き出すサラ。
「ん?どうかしたか?」
「いえ、なんでも」
 はぐらかして、せっかくだからたくさん作りましょうね、と自分も作業を開始する。





 その後も、いつも通りに花井が八雲に迫って晶や美琴に撃沈されたり、ことあるごとに沢近からの強力無比なプレッシャーを受ける播磨がいたり、と毎度の光景が繰り広げられたりして。
「――完成!」
 ずらっと並ぶ一列の雪だるま。それを見ながら天満がうんうん、と頷いている。
「いいよね、こういう何かやった、っていう形に残るの」
「……明日には溶けちゃうけどね」
 ぽつりと晶。
「うん、だから今日だけ。今日の私たちがやったこと」
 でしょ?、と笑う天満に、晶もわずかに微笑んで、そうだね、と答える。
「んじゃ写真でも撮っとくか。頼むぜ、花井」
「なっ!それでは八雲君と……」
「うるさい、私に負けただろ、文句言わない」
 ぐ、と言葉につまりながらも、しぶしぶと位置につく花井。
「いいか、それじゃいくぞ――」
 ――カシャ。
 そんな集合写真――ちなみに花井は後で美琴と代わってもらった――で、その一日は終わりを告げた。