Sometime
「そんな顔をしないでくれたまえ、八雲君」
「先輩……」
「君は何も悪いことをしたわけではないよ」
「でも……」
「ふむ。そこまで言うのであれば……そうだな、僕の友人になってはくれないだろうか」
「え……」
「もしそうしてもらえるなら、僕はとても嬉しく思うのだが」
「……はい」
◆
「……とは言え、だ」
やはりなかなか辛いものだな、と昼間の出来事を思い返しながら呟く花井。さほど長時間動かしていたわけでもないのに気だるい身体とあわせて、改めて塚本八雲という少女の存在の大きさを思い知る。
「これじゃあ周防に笑われる、か」
ついこの間偉そうに語ったばかりなのに、と苦い笑み。
と。
「だーれがなんだって?」
「ん?……ああ、いたのか」
「まーね」
けっこう前からね、というのは心の中にしまっておく周防。そうしないと、と思わせるほどに今の花井の姿は弱々しく見えた。
ちょっと休めば、という周防の言葉に、ああ、と花井も答え、二人で並ぶようにして道場の壁にもたれかかるようにして座る。
話すべきか、と考える花井。付き合いの長さから、何かあったのはお見通しだろう、と。
聞くべきか、と考える周防。付き合いの長さから、何かあったのに違いない、と。
「今日、八雲君に断られたよ」
静寂を先に破ったのは花井の方だった。
「……そっか」
なかなか辛いな、これは、ポツリとそう呟く花井。
「あたしもね、そうだったよ」
しばらく言葉を選んでから周防はそう言った。
「自分は絶対大丈夫、なんて思っててもさ、そうはいかないよ、やっぱり」
おかげで人には余計な心配かけちゃうしさ、と先ほどの花井と似たような笑みを浮かべる。
「いろいろあって吹っ切れたとは思ってたんだけどね、それでもまだ心のどっかでうじうじしてたんだ、しばらく。そしたらさ」
「……そうしたら?」
「思いもよらなかったヤツから思いもよらなかったこと言われてね」
助かったよーあれは、とおどけたように言う。
「だからさ、なんて言うか……花井にもそういうこと、あるかもしれないよ」
聞きながらちらりと横を盗み見る花井。周防は彼ではなく少し遠くを見つめていて、それは自分に対しても言っているように見えた。
「かなわないな、まったく」
先ほどとは違う微笑み。
「僕はね、ミコちゃんみたいになりたい、って思ってたんだ、昔」
彼女のことをそう呼ぶのはいつ以来だろう、そう考えながら花井は言った。いつのころからか気恥ずかしくて言わなくなったその呼び名を、今はすんなりと言えた。
「あたしはコイツを一人前にするんだ、なんて思ってたよ」
昔って今はどうなのさ、と茶化してから周防は言った。
「ふん……」
「あはは……」
どちらともなく笑みがこぼれ、しばらく笑いあった後で。
「なあ……キス、しよっか」
唐突に周防はそう言った。
「……は?」
「あーいやだからさ、いつかまた誰かに出逢ったときのための練習っつーか……」
さすがに言いながらもその顔は赤く染まっている。
「……もし見つからなかったらさ、責任取ってもらえるだろ?」
「……お前、馬鹿じゃないのか?」
「さあ、どーだろ」
言って目を閉じる周防。
「……」
そして――
「するわけないだろ、馬鹿」
その頭を小突いて立ち上がる花井。
「っつ……冗談だよ、冗談」
さて、と周防も立ち上がる。
「元気も出たところで一勝負、どう?」
「仰せのままに」
珍しくおどけた受け答えの花井。
『いつか、その隣に並んで歩く時が来るんだろうか』
一瞬、そんな思いが二人の胸を去来する。
けれど。
『今だって一緒に歩いてる』
つかず離れず、相手を感じていられる距離。それで十分。
「手加減は――」
「――当然なし」
間合いを取って一礼。
そして。
「「哈っ」」
気合の一声とともに始まるのは、その間だけは何人たりとも立ち入ることのできない、二人だけの時間――