St. Valentine's Day -Other Side-




「うん、美味しいよ、八雲。さすがだね」
「そんなこと……」
「いやいや、謙遜することはないよ。この味はなかなか出せるものじゃない」
 部長である晶の鶴の一声で、バレンタインティーパーティーの場となっている茶道部部室。
その晶はまだ姿を見せていないものの、八雲の焼いてきたクッキーを手に話に花を咲かせているサラ、八雲、絃子――そして。
「別にそうしていたいのならかまわないが……君もこっちに来たらどうかな?」
「いえ、そのお言葉はありがたいのですが」
 ――いつぞやと同じように入り口で正座している花井である。
「八雲君の手作りクッキー。なるほど確かに素晴らしい。ですが」
 ですが、とそこでだん、と床を叩いて。
「やはり今日この日、僕がもらいたいのは!」
「ああ、分かった分かった」
 ならしばらくそうしているといい、と延々と続きそうな花井の演説を打ち切る絃子。一方、その八雲はと言えば。
「……ねえ、いいのかな」
「私も作ってきたんだけど……」
 ちょっと困った表情の八雲に、ああまでされちゃうと逆に渡しづらいよね、と苦笑気味のサラ。実際、その極端すぎるというアプローチは苦手にしているものの、彼個人のことが嫌いなわけではない八雲、今日もそういうことになるかもしれない、ときっちりチョコレートを渡す人数の中に花井を含めてはいた。
『八雲 君  の チョコほし い すご くほ  しい』
(……)
 ただそのアプローチが今日は予想に増して、という話で。思わず、はあ、と小さく溜息をついてしまう八雲に、しょうがないなあ、という顔になるサラ。彼女も彼女でちゃんと花井の分も持って来ていたのだが、どうにもタイミングが掴めなかったところ。よし、と思い立ったところに。
「……」
「……?」
 目配せをして、ちょっと待て、と伝えてくる絃子。なんだろう、とサラがきょとんとしていると。
「――お待たせ」
 きぃ、と小さく軋む音を立ててドアが開き、晶を先頭に美琴、沢近、天満、といつもの面々が入ってきて。
「……なにやってんだよ、お前」
 当然のようにそこに正座している花井に気がつくことになる。ちなみに、晶はなんでもないかのようにその横をすっと通り過ぎていたりする。
「む、周防か。今僕はだな……」
 また長々と話し始めそうな花井に、だいたい分かったからいいよ、とひらひら手を振る美琴。別に好きでやってるならかまわないけどさ、と前置きしてから。
「困ってるんじゃない?八雲ちゃんさ」
「……むう」
「あの、先輩、私別に……」
「ああ、いいっていいって。なんて言うのかな、そんなに悪い意味じゃなくってさ……そうだな」
 普通にしてりゃいいんじゃないの?、とちょっと考えてそう言った。
「なんか嫌だろ、あんまり畏まられちゃうのも」
 ま、それが出来ればもすこしいい目が見れてるんだろうけどね、と最後はちょっと茶化す。
「そうか……すまんな、周防」
「いい加減付き合い長いからね。でもさ、謝るのは私じゃなくて……」
 彼女だろ、と八雲を示す。
「ああ、そうだな。いかんな、僕としたことが」
 だからそこをどうにかすれば、って言ってるだろ、とぽん、とその背中を軽く叩く。
「その、八雲君、すまない……」
「あ、いえ、私の方も……」
 まるで付き合い始めの恋人同士のようなその様子に、まったく、と苦笑を漏らす美琴。
「すごいね、美コちゃん!私感動しちゃったよ!」
「たまにはいいこと言うじゃない」
 そのやりとりを見ていた天満と沢近に、それぞれの反応。
「塚本、そりゃ言い過ぎだって。……で、アンタは一言多い」
 ちょっと照れたような表情で、沢近の頭をこつんと叩く美琴に、どこか場の雰囲気も和らいだようになる。
「……上手くいっただろう?」
「さすがですね、刑部先生」
 なに、教師としてこれくらいはね、とサラにウインクしてみせる絃子。なんだかんだでしっかりと見ているところは見ている、といった様子である。
 ともあれ、そんなどこか温かい空気に包まれて、そのお茶会は始まった。





 ――で。
「それで、美琴はどうなのよ」
 バレンタインで、かつ女の子が集まるとなれば話の行方は決まっているようなもの。誰に渡した、そんなお約束のような話題が当然出る。
 ちなみに、唯一該当者ではない花井はと言えば。
「八雲君のクッキーか……」
 などとしみじみ言いながら、かみしめるようにしてクッキーを口にしている。ちなみに、チョコレートはしっかりと受け取って――その際、ちゃんと私のも食べて下さいね、などとサラに言われていたりする――テーブルの上、目の前に確保している。そして、そんな様子に少し恥ずかしそうにしている八雲に、さらにそれを優しげに見守っているサラがいたりもするのだが、それはそれとして。
「……どうってなんだよ」
「だから……ああもう、はっきりしないわね」
「ダメだよ。美琴さんは本命にしか渡さないタイプだから」
「そうなの?美コちゃん」
「そんなことないって!……もう、いいだろ別に」
 天満は言わずもがな、晶は鉄壁のガード、沢近の話は教室で終わっている、ということで、集中砲火を浴びている美琴。それに気がついたのかどうなのか、一つクッキーを食べ終えた花井が口をはさむ。
「周防はそういうタイプでもないと思うぞ、僕は」
「お!たまにはいいこと言うじゃねーか!」
 溺れる者はなんとやら、天の助けとばかりにしがみついた美琴だったが――
「なにせ、今朝僕がもらったくらいだからな」
「……」
 その手でつかんだのは所詮はワラ、流されていくより他になし。
 当の花井は気がついた様子もなく、本命だけ、などということはなかろう、とまたクッキーを手にとって食べ始める。意外に自分のことには鈍い様子。
 結果。
「ほう……」  意地の悪い笑みを浮かべる絃子。
「……」
 ちょっと赤くなる八雲。
「ふふ」
 にこやかなサラ。
「へえ……」
 にやにやと沢近。
「……ふうん」
 表情は変えず、その視線だけが雄弁に物語っている晶。
「えっと、つまり……」
 いまいち分かっていない天満。
「ちょっ、待っ、別にそういうわけじゃっ!」
「いやいや、若いというのはいいことだね」
「……」
「素敵ですね」
「あの美琴がね、ふ、ふふ……」
「――応援するよ」
「……あ!そっか。つまり、美コちゃんははな」
「つ、つつつ塚本っ!」
 皆に遅れること十数秒、ようやく辿り着いた結論を思わず口にしようとした天満を思わず押さえつける美琴。
「だからっ!そうじゃなくて!」
 などと今更言ったところで後の祭り。事の真偽よりも要はこの場が面白いか否か――美琴の「事情」を知っている沢近だけは、実のところちょっとばかり違う気持ちもあったけれど――が問題なのであって、そう考えればこれほどうってつけの話もなく。
「おい!話聞けって!」
「……なんだ周防、やかましいな」
 また一枚クッキーを食べ終えた花井が、そんな地雷を踏むようなことを言って。
「お前が悪いんだろっ!」





 そんなこんなで盛り上がった後。
「――あ」
 何かを思い出した様子の沢近。
「ごめん、ちょっと教室に忘れ物」
「愛理、だったら――」
 それを聞いた晶の瞳の奥がキラリと光る。
「――播磨君に渡してきたら?」
「っ!?」
 思いもよらないことを言われ、一瞬息がつまる沢近。
「あ!私も播磨君のことすっかり忘れてたよ!」
 それはちょっとひどいんじゃないか、という天満の発言だが、美琴の自爆を思えば致し方ない……のかもしれない。
「あれ?播磨先輩、まだいらっしゃるんですか?」
 私と八雲も先輩の分作ってきてたんですけど、とサラ。天満たちと一緒にやって来なかったため、てっきりもう帰ってしまったものと思っていたらしい。
「そ、そうよ。いくらなんでもまだ寝てるなんて」
 ない、と沢近が言い切る前に、晶がそれをあっさりと一蹴する。
「まだいたよ。さっきちょっと見てきたから」
「なんでよっ!?」
 怒声での切り返しも、なんとなく、とあっさり斬って捨てる。
「そうなんだ、だったら私、自分で渡しに行こうかな」
「そ、そうよ。そうしましょう」
(……あれ、何かしら、コレ)
 口ではそう同意したものの、何かが胸に引っ掛かる沢近。そんな様子を見透かしたように。
「でも播磨君まだ眠ってたし、あんまり大勢でいって起こすのもかわいそうだよ」
 だから用事のある愛理に行ってもらうのが一番、と晶。
「そっか……そうだね、私も朝寝てるのを八雲に起こされるのツラいし……」
「姉さん、それは違うと思う……」
 さすがと言うかなんと言うか、そんな天然塚本姉妹に流されて、思わず頷きそうになった沢近だったが、
「私、別にそんな急ぎの用じゃないし……」
 なんとかそう口にする。
 ――が、高野晶、という相手は敵に回すとこの上なく恐ろしい相手で。
「じゃ、八雲に行ってもらおうかな」
「……え?」
「……は?」
 突然の展開に驚く八雲と沢近。
「播磨君にはいろいろお世話になってるしね、愛理がどうしても絶対何があっても嫌だって言うんなら……」
 意味深な視線を向けつつダメ押しの攻撃。
「分かったわよ!行けばいいんでしょ行けば!」
 結果は目に見えていたものの、やはり敗北を喫する沢近。こと口にかけて、晶の右に出るものは早々いない。ただ、今回は珍しくその相手になる人物がこの場にいたのだが――
(拳児君もなかなかに大変なようだね。まあ、私としては喜ぶべきなのかな?)
 該当者はそんなことを思いながら傍目の見物を決め込んでいて、結局助けはどこからもなし。
「それじゃ先輩、お願いしますね」
「すみません……」
「愛理ちゃん、よろしくね」
「……置いてくるだけよ」
 恨めしそうな声でそう言って、部屋を出て行こうとするその背中に。
「愛理」
 晶の声がかけられる。何よ、と振り返った沢近に。
「はい、忘れ物」
 手渡されたのは一つ残った沢近自身のチョコレート。
「……」
「ちゃんと渡さないとね」
 相変わらずのポーカーフェイスで、淡々と晶。
「分かったわよ、もう……」
 根負けしたように、うなだれて出ていく沢近。
「いろいろ複雑なようだね」
 それまで見物に徹していた絃子の一言から、どうしてそこまで嫌がるのか、という話が交される。やっぱり相性、ってやつなんじゃないの、理由じゃなくてさ、でもそれにしたって、うんぬん。
 しばらくして。
「……やっぱりちょっと心配だから見てくるね」
 行かない方がいいと思うけど、という晶の静止にちょっと迷った様子を見せながらも、結局出ていく天満。それを見送った美琴と晶は、廊下で少し立ち話。
「……何もなければいいけど」
「なんだそりゃ。どういう意味さ、高野」
「別に……」
 と、何やら遠くからずどどどど、という地響きが聞こえてくる。
「……おい、今度はなんだよ」
「たぶん塚本さん」
「は?」
 思わず聞き返した美琴の視界に天満の姿が入った。確かにそれは尋常ではない様子で走ってくるその足音、そしてどうやったらそんな風に、というブレーキ音とともに二人の目の前で立ち止まる。
「……塚本?」
「な、ななな何でもないよ!うん、私何にも見てないよ!」
 どう考えても怪しいだろう、という様子でそのまま部室の中に消えていく天満。
「何でもないって」
「……いや、あるだろ絶対」
 気にしない気にしない、と美琴の肩をぽんぽん、と叩いて晶も部室に戻っていく。
「……いいけどさ、別に」
 思わずそんな言葉が口をつく。なんだかなあ、と思っていると、今度は沢近がすたすたと平然とした様子で戻ってくる。天満の様子が様子だったので、恐る恐る尋ねてみる。
「なあ、なんかあったのか……?」
「何?別に何もないわよ。美琴こそどうしてこんなとこでぼうっとしてるの?」
「ん、いや、いろいろ……」
 あまりにいつも通りのその様子に、かえって面食らってしまう美琴。そんな戸惑っている様子に、
「もう、どうしたのよ……あ、そっか。彼が中にいるから……」
「だあっ!それは違うって言ってるだろっ!」
「ふふ、ま、そういうことにしといてあげるわ」
 やけに上機嫌な様子で、あまつさえただいま、なんて言いながら部室に入る沢近。
「……」
 そして一人取り残され、何とも言えない気持ちになる美琴。
(……まあ、なんて言うかさ)
「バレンタイン、なんだよね」
 廊下の窓から見える夕陽を眺めつつ、そんな結論を出して。
 まだまだにぎやかな部室へと、美琴も戻った。





「……なあ、周防」
「ん?何だよ」
「今日の話なんだが……」
「……何のこと?」
「……」
「何?なんか遠慮してる?」
「……本命がどう、というヤツだ」
「あー、あれ」
「まさかとは思うんだが、周防、お前……」
「ふっ、ははっ、あははは!冗談に決まってるだろ、冗談」
「……そうか」
「なんだよ、そんな顔して。だいたい花井にゃ八雲ちゃんがいるだろ?」
「それはもちろんそうだ。だがな、周防」
「……」
「……いや、何でもない。忘れてくれ」
「そう」
「じゃあな、また明日、道場で」
「ああ、じゃあな!」