trick or treat




 今日も今日とて沢近に教室から追い出された播磨、ぶらりと茶道部を訪れたのだが。
「……げ」
 ドアを開けたそこにいたのは、椅子に腰掛けて本に目を落とす顧問の先生――刑部絃子ただ一人。
「相変わらず失礼だな、キミは。いくらなんでも開口一番それはないだろう」
 まったく親の顔が見てみたいよ、と絃子の小言はなおも続く。
「シツレイシマシタ」
 そのままビデオの巻き戻しのように逃げ出そうとする播磨。
 が。
「せっかく来たのにそれはないだろう?紅茶の一杯くらい出すさ」
 いつのまにやら詰め寄ってきていた絃子にがっしと腕をつかまれる。引きずってでも、という場面なのだが、そんなことをやらかした日には校内にあらぬ噂が立ちかねない。
(ちっ、仕方ねぇ……)
 渋々と室内に入る。それを見て、そうそう、人間素直が一番だよ、とお茶を入れに立つ絃子。
「……んじゃイトコは最低ランクだな」
 ぼそりと呟く播磨。
「拳児君、何故かこんなところに塩があるよ。ああ、なんだか砂糖と間違えてしまいそうだ」
「いやあ、絃子サンって素敵だなあ!」
 素直でよろしい、と二枚も三枚も上手の絃子。
(だから嫌だったんだよ……)
 思ってみても後の祭り、逆立ちしたところで勝てない相手にただただ流される播磨。
「さて、せっかく二人きりなのだからお喋りでもしようか」
 ティーカップを播磨の前に置き、思わせぶりに言う。
(二人っきりなんていつものことだろうが)
 言ったところでどうしようもなく、思うだけにとどめて仏頂面で紅茶に手をつける。
「……っ!!」
「おや、どうしたのかな?」
 にやにやと意地の悪い笑顔で絃子が尋ねる。
「てめぇ……」
 しょっぱかった。
 とても。
「……なんでも、ねぇよ」
「そうか、それはよかった」
 ちゃんと全部飲んでくれよ、この私がわざわざ入れたんだから、とまたしても笑顔。
「わかったよわかりましたよ飲めばいいんだろ飲めば!」
 一気に飲み干す播磨、もう金輪際コイツの入れた茶は飲まねえ、と心に誓う。
「どうだ……これで文句ねぇだろ……」
「うん、なかなかの飲みっぷりだったね。……ところで」
「……なんだよ」
「おかわりはどうかな?」
「俺が何をしたっ!?」
 思わず立ち上がる播磨に、冗談だよ冗談、と絃子。ああ言えばこう言う、の見本のような会話である。
「それでは本題に入ろうか」
「俺は話すことなんて」
 ねぇよ、と言い終わる前に。
「最近塚本さんとはどうなのかな?」
「……話すことなんてねぇって言ってるだろ」
 なけなしの自制心をフル活用する播磨。
「そうかな?何やら海だキャンプだとお盛んだった、と聞いているが?」
「何で知ってんだよ!」
「壁に耳あり障子に目あり、とはよく言ったものだね……」
 などと言いつつ遠い目をする絃子。
(聞いちゃいねえ……)
 しかし、ここで突っ込んでしまえば相手の思うつぼ、と必死で堪え――
「……別に何もねぇよ」
「ほう、二度も旅行に行ったのに何もないと。いやいや、先が思いやられるね……」
「うるせぇっ!」
 ――無理だった。
「何なんだよ!だいたいイトコにゃ関係ねぇだろうがっ!」
「関係?大有りだよ。キミは私の従姉弟なんだ、その将来に関わるコトじゃないか」
「くっ……」
 あっさりやり込められる。もともとあまりに分の悪すぎる勝負、当然と言えば当然なのだが。
「きちんとハッピーエンドで収まればそれでいいさ。もちろん私も祝福しよう」
 だがね、とここで初めて瞳に真剣な色を宿らせる。
「もし――仮に、だよ。気を悪くしないでくれ――そうならなかったら。キミはどうするのかな?」
「ンなこと……あるわけねぇだろ」
 少しうつむいて、吐き捨てるように言う播磨。
「おいおい、怒らないでくれよ。もし、と言っているだろう?」
「……そんときは」
「そのときは?」
「俺にはこれがある――」
 どこからともなく原稿を取り出す。
「マンガ、か……やれやれ、本気なのかな?」
「甘く見るなよ。これには……こいつらには俺のすべてが込められてんだよ」
 ちょっと茶化した風の絃子にきっぱりと言い放つ。
「……そうか」
 なら安心だ、とその気迫に納得したように頷く。
「……安心?」
 何を、と訊く播磨に、
「いや――ほら、ね」
 窓の外を指す絃子。
 そこには。
「――――――――」
 烏丸と楽しそうに話しながら歩く天満がいた。
「まあ、これだけではなんとも――拳児君?」
「……………………」
 そこにいた――いや、あったのは、かつて播磨拳児と呼ばれた人間の燃えカスだった。
 真っ白に燃え尽きていた。
「……マンガ、描かなきゃ」
 ぽつりと呟いてから、それこそ幽霊のようにゆらりと立ち上がって部屋を出て行く。その姿にさすがの絃子もしばらく呆然としてしまう。
「やれやれ、ここまでとは……」
 重症だね、と気を取り直して呟く。
「これでも応援はしているんだが……ちょっと刺激が強すぎたかな」
 あそこで奮起して飛び出していく、という展開を予想していた絃子にとっては、少々計算外。けれど、彼女からしてみればかわいい従姉弟のことなど大抵お見通し、この程度で潰れてしまうことなどない、というのもわかっているので、余計な心配などしない。
(さて、今度は何日かかるかな……?)
 そんなことを考えつつ、絃子は再び読みかけの本に目を落とした。