すれっどらんぶる




「以上で説明終わり」
 スレッドの立て方の説明、などするほどのことだろうか、と思う晶だったが、ギャラリーからはおおー、という感嘆の声が多い。天満を始め、初心者であるとかそういうこと以前の問題の人間が多いためである。
「分かったかしら」
「いや、全然だな」
 周防美琴、あっさり脱落。もともと興味が無いとも言う。
「やっぱり私にゃこういうのは向いてないね」
「ふん。努力が足りないのだ。そもそもこんなことで教えを請うこともないだろう、ここは一つこの僕が……」
「あー、アンタも駄目ね」
「何?何の権利があってそんなことを……」
「だって結果が目に見えてるじゃない。それじゃ面白くないでしょ」
「当然だ!僕がつけるタイトルと言えばただ一つ、やく」
 どす。
 鈍い音共に花井のみぞおちに美琴の拳が突き刺さる。
「はい、馬鹿は始末したからね」
「不公平、だ……」
 一縷の望みをかけて晶を見る花井。
「私はどちらかと言うと不公平ね」
 花井春樹、玉砕。





 所変わって、塚本天満である。
「うーんと、こうして、こうして……」
「姉さん、大丈夫?」
 実のところ、言ってしまえばキーボードを打つだけなのだが、どうにも彼女がやると危なっかしくて見ていられない八雲だった。
「平気平気。私が一番になるんだから。そして……」
 烏丸くんって名前をつけるの、とはさすがに口に出さなかった天満だったが、どのみち八雲には筒抜けだったりする。
(姉さん、なんだかちょっと違うと思う……)
 思っていても口には出さない、姉思いの妹。
「よーし、できた!」
 彼女にしては奇跡的な早さである。が――
「あ、姉さんちょっと待」
 ぽん、と押されるエンターキー。確定。
「ん?どうしたの八雲」
「それ、名前とタイトルが逆……」
「へ?」
 画面に表示されたタイトル「塚本天満」(思いっきり本名)、名前「鳥丸くん」。
「それに『とりまるくん』って」
 わざと?、とはやっぱり言えない八雲である。
「え、やだどうしよう八雲。こういう時どうすればいいのかな」
「姉さん落ち着いて。最初からやりな」
 おせば、と言葉は続けられなかった。そこにあったのは慌てふためいてキーボードを連打する天満の姿。
「なになに?もうわけ分からないよ〜」
 塚本天満、独り相撲。





「愛理はいいのかしら」
「キョーミないわよ、別に」
 問いかけてきた晶にそっけない態度を取る沢近。
「ふうん」
「……何よ」
「別に……」
 どこからどう見ても含むところのある言い方である。高野晶、魔性の女。
「知ってると思うけど、人気あるのよ、あなた」
「当然でしょう?」
 沢近愛理、見栄っ張り。
「だから新しいスレッドができれば、きっと……」
「……もう、だから何なのよさっきから」
「あら、言っていいのかしら」
 高野晶、悪魔の微笑み。
「別に私はなんともないわよ?」
 沢近愛理、やっぱり見栄っ張り。
「そう……」
 カタカタカタ、とキーボードを打つ晶。
『えりとはr
 ――ぱしゅん。パソコン、強制終了。
 そして沢近の手には電源コード(よい子は真似をしてはいけません)。
「私はただ『愛理と原宿を闊歩するスレ』と打とうとしただけよ」
 高野晶、悪魔。
「分かったわよ悪かったわよちゃんと考えるわよっ」
 くやし涙を堪えて叫ぶ。
 沢近愛理、結局意地っ張り。





「なんだかみんなにぎやかだね」
「うん……」
 ひとまず天満が落ち着いたので、サラと一緒にいる八雲。
「八雲は考えなくていいの?」
「私は……」
『烏丸くんって名前をつけるの』
 天満の言葉がやけに引っ掛かっている八雲である。
「サラは?」
 それを悟られないように聞き返す。
「私は八雲のお手伝いがしたい、って思ってるんだけど?」
「え、そんな……」
 妙に音符の飛び交う楽しげなサラの思考が聞こえてきて戸惑う八雲。
「そっか。でもあんまり深く考えないで好きな名前をつけたらいいと思うよ」
 それじゃあ私も考えようかな、と自分の席に向かうサラ。
「好きな、名前」
 ぽつりと呟いてから、キーボードの上を八雲の指が小さく踊る。
 h a r i m a s a n n
 変換。
『播磨さん』
「えい」
「あ――」
 後ろから伸びてきた手が、ぽん、とエンターキーを叩く。
「えへへ」
「サラ……」
 ちょっと困った顔をした八雲が削除をしようとしたその矢先。
「はいそこまで」
 終了を告げる晶の声。
「では最後に立てられたスレッドを活用することにします」
 もしかして、と思う八雲。そして悪い予感というのはえてして当たるものである。
「八雲さん、あなたね」
「あの、でもこれは」
「よかったね、八雲」
 抗議しかかった八雲だったが、横からサラに遮られる恰好になる。
 さらに。
「恩に着るぜ、八雲ちゃん!」
 これで俺と天満ちゃんの話が、などと、事前に晶にあることないこと(主にないこと)吹き込まれて大人しくしていた播磨がその手を取ってぶんぶんと振る。心底嬉しそうである。
「あ……」
 思わずうつむいてしまう八雲だったが、その手を振り払うことはなく。
「ふふ」
 そして、その姿を見ながら晶とサラが笑みを交わしていたりするのだった。





「でも変なスレッドたくさんできちゃったじゃない」
「あとで消しておくから問題ないわ」
「消しておくって晶、アンタ……」
「管理人、私だもの」





 深夜、八雲の部屋。
 カタカタカタカタ――
 キーボードを打つ音が響く。
「……うん」
 幾度目かの書き直しを経て、ようやく満足した表情で投稿しようとした時。
「あれぇ、やくもあにしてるのー」
「っ、姉さんっ?!」
 よほど驚いたのか、彼女にしては珍しいリアクション。
「ん?なにかかいてる?」
 いつも以上にすっとぼけた口調に、ただ単に寝ぼけているだけ、と悟って寝かしつけようとする。けれど。
「おねーちゃんにみせてみなさいっ!」
 こういう時にしつこいのが天満である。
「姉さんでもこれはダメ」
「いーからいーから」
「駄目――」
 思わずブラウザを閉じてしまう八雲。数時間の苦労が水の泡である。
「あー!ふんだ、やくものいじわるー。もういいもんえー」
 そのままゆらゆらと部屋に帰っていく天満。さすがと言えばさすが。
「……」
 ふう、と溜息を一つ。
 それが安堵によるものか、落胆によるものか。
 塚本八雲、悩み多き少女である――