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――秋晴れの空はどこまでも遠い。
午前中から綺麗に晴れ上がった空は、遙か彼方まで続いている。高さを感じさせる夏のそれとは違い、穏やかな陽射しが降る秋の空は、ただひたすらにその遠さを示している。
そんな中、黙々と道場で型をこなしている男――花井春樹の姿があった。道場は休み、加えて日曜日で絶好の行楽日和ともなれば、彼を除いてそこに足を踏み入れる者もなく、淡々としたその行為は、いつ果てるともなく続けられる……はずだった。
しかし。
「精が出るね、休みなのに」
「――周防」
そこに不意にかけられる声。振り向いた春樹の視線の先にいたのは、小さく片手を上げて笑う美琴の姿だった。その装いはカジュアルな普段着、どう見ても稽古をしにきた雰囲気ではない。
「邪魔するつもりはないからさ、続けてていいよ」
そんなことを言いながらも、入り口の脇に身体を預け、その場を動こうとしない。
「……いつからそこにいた?」
さほど答を期待していない、そんな春樹の問に対する美琴の答は、ついさっき、というものだった。しかし、当の春樹にはその解答が正しいかどうか判断出来ない。そうか、と短い言葉だけを返し、その理由――声をかけられる瞬間まで、まったく彼女の気配に気がつかなかったことを思い返す。
それほどまでに集中していたのか。
或いはその逆か。
もちろん、考えたところで自信に答の出せる問題ではなく、やがて諦めたように小さく溜息をついてから口を開く春樹。
「それでどうした。用事もなしにわざわざここに来たわけではないんだろう?」
「あれ? 用事がなきゃダメなんだ。会いに来たかった、なんてのは?」
「周防。僕は真面目にだな……」
からかうような言い方にさすがにむっとした表情を見せた春樹を、冗談だよ、といういなしにも憮然とした表情のまま。
「ったく、そんなカリカリしてらしくないんじゃない? ちょっと話しに来ただけだよ。ま、話があるのは私より誰かさんの方だと思うんだけどさ」
「……何の話だ」
「あれ? 言わなきゃ分からない?」
わざとらしく小首を傾げてみせてから、じゃあ言うけどさ、と美琴。
「待て周防、僕は別に」
「――塚本八雲。彼女のことなんだけど」
それまでの冗談めかした雰囲気を捨てて、その瞳をまっすぐに見つめて美琴は言葉を放つ。視線が交錯し、二人の間から一切の音が消える。
そして。
「お前には分からないよ」
先に視線をそらし、絞り出すようにして呟いたのは春樹だった。苦渋に満ちたその声を、けれど美琴はさらりと受けて返す。
「ん……そうだな、私にゃ花井の気持ちは分からない。どれだけ言ったってさ、結局他人だしね」
「だったら」
「放っておいてくれって? あのね、そういうのはもうちょっとしゃきっとしてから言って欲しいんだけど」
再び言葉に詰まる春樹。対して、美琴はあくまで普段通りに返してみせる。
「それにさ、分からなくても――」
そこで一旦言葉を切って。
「――考えることは出来るだろ? 少なくとも、花井が私の気持ちを考えてくれる程度には、さ」
そう言って、ふっ、と表情を崩す。
「前にさ、似たようなことあっただろ。あのとき花井が私の気持ちを全部分かってた、なんて思わない。
でもちゃんと考えてくれただろ」
なんて言うか、上手く言えないんだけど――美琴は微笑む。
「嬉しかったんだ、わりと。だから今度は私の番、ってね」
「周防……」
「――で。何か話したいこと、ある?」
その問いかけに、瞼を下ろし再び黙り込む春樹。ただし、今度は先程とは違い、言葉に窮したわけではなく、言うべき言葉を探すための沈黙。
「いや、ないな。さすがにまだ大丈夫だとは言えないが」
それが彼の出した答であり、そして。
「それに分かったこともある」
「例えば?」
「ずいぶんと心配をさせてしまったようだ。すまない、周防」
そう言って深々と頭を下げる。いろいろと言われることはあっても、実直という言葉を地でいくような、そんなあまりに『らしい』態度に美琴からは苦笑がもれる。
「そんな大袈裟なもんじゃないだろ。まあ、でも分かってくれたのは嬉しいかな」
さて、とそこで一度言葉を切って。
「んじゃ分かったところで」
にやりと笑う美琴に、首を捻る春樹――と。
「やーっと元気出たか!」
「ハナイのくせに悩むなんて変だよな!」
「おう!」
「じゃ早く行こーぜ!」
好き勝手なことを口々に言いながら駆け込んでくる子供たち。察するに、今までのやりとりを外で聞いていたらしい様子である。突然のことにあっけにとられる春樹――彼らが外にいることさえ気がついていなかった――に、しっかりしろよ、と美琴。
「当たり前の話だけどね、私だけじゃなくてみんな心配してたんだよ。一人だけ全然気づいてないヤツがいたみたいなんだけど、ね」
サイテーだな、などとからかう声が周囲から上がる。
「そんなわけで、罰ゲームだ。今日一日、しっかりコイツらと遊んでやること。いいな?」
「ああ、分かった」
久しぶりの笑顔でそれに頷いて返し、着替えてくる、と外に出て行く春樹。待ちきれないのか、その後を追って駆けていく子供もいる。
「あーあ、ったく」
そんな光景を笑顔で見送る美琴に、残っていた子供たちから、やっぱ先生はすげーや、という声。
「オレたちが何言ってもダメだったのにな」
「だよなー」
「あのな、んな難しいことじゃないよ、こういうのは」
確かに、今回の場合はそもそも悩みの原因を知っていたというのは大きい、そう思いながらも美琴は言う。
「相手が困ってたらどうにかしてやりたいと思う」
それは難しいことではない。
「だってそういうもんじゃない?」
何故なら。
「――友達、ってヤツはさ」