Take your kindness
「よう、ピョートル。ついに――ついに俺にも春が来たぜ」
穏やかな秋の陽射しが降る日曜日、播磨はいつものように動物園を訪れていた。きれいさっぱりヒゲを剃り落としたアゴをなでつつ、ピョートルに近況報告をしている。
そこに。
「あれ?ヒゲのにーちゃんにヒゲがない」
「ほんとだー」
「……あん?」
どこからかわらわらと群がってくる子供たちと――
「あ、先輩」
引率の先生のようにその後ろから現れるサラ。
「おう、っつーことはコイツら教会の」
はい、そうですよ、と頷く。
「今日はみんなで出かけることになって、どこがいいかなって訊いたんですけど」
「どーぶつえんー」
「おー」
「……と、そういうわけです」
言いながらも、ほら走り回らないの、などとちゃんと周囲への注意を怠っていないサラ。引率の先生、という印象はそんなに間違ってないのかもな、と思う播磨。
「……すげぇな」
意識せず、そんな言葉がこぼれた。
「そんなことないですよ、私も好きでやってることだし、なによりみんないい子たちですから」
ね、と微笑むサラに笑顔を返す子供たち。
「そうみてぇだな。……ま、口のきき方にゃちっとばかし気をつけた方がいいかもしれねぇがな」
「それを先輩が言っちゃダメですよ」
苦笑いのサラに、そりゃそうか、と播磨。
「そうだ、先輩。少しこの子たちお願いできますか?せっかくだから私、何か買ってきます」
「別に気をつかわなくてもいいぜ……っつーか俺じゃコイツらの面倒なんてみれねぇって」
「そうですか?私は大丈夫だと思うんですけど……」
思案顔のサラのそばで、オレにーちゃんとあそびたーい、オレもー、と子供たち。
「……だ、そうなんですけど、どうです?」
しょうがないなあ、という様子のサラに、わかったぜ、と播磨も頷く。
「すぐ戻ってきますから、イタズラとかするようだったら叱ってくれちゃっていいですよ」
「おう、任せとけ」
それじゃお願いしますね、と小走りに駆けていくサラ。
「さて、と」
その背を見送った播磨の足下で、子供たちの目がキラリと輝いて――
◆
「っだああ!ちったぁ大人しくしてろこのガキどもっ!」
どこまでいっても子供は子供、という話で。
サラがいなくなったとみるやその行動力を遺憾なく発揮する子供たち。
「おー、にーちゃんが怒ったー」
「きゃー、おそわれるー」
頼まれた手前、最初はなんとか面倒を見ていた播磨も、まったく言うことを聞かない子供たちをさすがに持て余している。ああ言えばこう言う、こうすればそうする、まさしく臨機応変に行動する子供たち。最後の手段として怒鳴ってはみたものの――四方八方に逃げていく小さい悪魔たちは、ますます状況を悪化させている。
「お前ら――」
慌ててその後を追うも、あちらこちらに目移りしてなかなかつかまらない。ようやく一人に狙いを絞ったものの、人混みの中でのすばしっこさには子供の方に分がある。
「待ちやがれっ」
「こっちっこっちー……うわっ!」
「きゃっ!」
そんな追いかけっこも、後ろを向いてあかんべーをしていた子供が通行人にぶつかる、という形でようやく終わりを告げる。
「ったく……ホレ、謝れ。あー、すんません、どうも」
「……ごめんなさい」
「もう……別にいいけど今度から気をつけ――」
唐突に途切れた言葉を不審に思い、播磨が頭を上げると。
「……お嬢」
呆然としたその隙に、一目散に逃げ出す子供。
「っ!てめぇ!」
「……何やってんのよ、アンタ」
そんなコントか何かのような様子に、呆れつつ尋ねるお嬢こと沢近。
「見りゃわかるだろうが、ガキの世話をだな……」
だからなんでよ、と沢近が聞き返す間にも、あちこちからこっちこっち、という声がする。
「……しゃーねぇ、この際だから贅沢は言えねぇ。手伝え」
「……は?なんで私がそんなこと」
「お前は舎弟だっつったろーが」
猫の手も借りたい、という播磨。メチャクチャを言っているのは自分で承知しつつも、とりあえず言ってみる。
「……わかったわよ」
「そうか無理かまあそうだと思っ……ハイ?」
「……だから、手伝えばいいんでしょ」
「……いや、それはそうなんだが」
お前、熱でもあんのか、と言わなくてもいいことを言ってしまう播磨。
「――そう、人がせっかく手伝うって言ってるのに」
「……それはありがたいぞ、うん。だからな」
「だったら――!」
秋空の下、沢近の怒声が辺りに響く。
◆
そんな光景を。
「私はちょっとお邪魔――かな?」
ジュースを両手に持ったサラは少し離れたところから見つめていた。視線の先には沢近に怒鳴られている播磨、そしてそれを面白そうに見ている子供たちの姿。言葉にするとあまり平穏とは言えないそれが、どうしてかそこからでは微笑ましい光景に見える。
「とりあえず、ジュースもう一つ買ってこようかな」
どこか楽しそうにそう呟いて、サラはまた売店の方に歩き出した。
◆
一方、すったもんだの末に結局二人で事態を収拾した播磨と沢近、並んでベンチに腰掛けている。
「……アンタってさ」
意外と言うか何と言うか、最初は戸惑った様子だったものの、緩急つけた話術で子供たちにすっかり懐かれた沢近、ぐったりした様子の播磨を見つつ嘆息する。
「……うるせぇ。いいんだよ、俺は別に……」
うめく播磨を、気にすんなよにーちゃん、オレたちがついてるぜ、と幾人かの男の子たちが慰めている。
「お前らが言うんじゃねぇ……」
「……」
と、そこに。
「お待たせしました」
ジュースを持って戻ってくるサラ。
「どうでした?みんなは」
悪戯っぽい笑みを浮かべつつ尋ねるサラから、訊かないでくれ、と言いつつジュースを受け取る播磨。
「ふふ、そのうち慣れますよ」
お疲れさまです、と言ってから、今度は沢近の方に向き直る。
「あなた、確か――」
「はい、花火のときに一度お会いしてます。サラ=アディエマスです、サラで構いません」
沢近先輩にもお世話になったみたいですね、とジュースを手渡す。
「ありがとう。でもよく覚えてたわね、私の名前」
一度きりなのに、と言う沢近に、一度きりだからですよ、とサラ。
「毎日会う人なら自然に覚えられますけど、滅多に会わない人ってなかなかそうはいきませんから」
「そうね……そういう考え方もあるわね」
その解答が気に入ったのか、笑顔で右手を差し出す沢近。
「それじゃ、これからよろしくね、サラ」
「はい、こちらこそ」
握手を交す二人に、姉ちゃんたち知り合いなのか?、と子供たち。
「うん、前にね」
「その話ききたいー」
「おしえておしえてー」
「はいはい」
苦笑混じりに頷きつつ、いいですよね先輩?、と沢近にお伺いを立ててから話し始めるサラ。
「あれはね、夏の花火の日で――」
◆
そんな風にして、ひとしきり談笑し終えた後。
「さて、私はこれでお役御免、っていうやつかしらね」
それじゃ、と行こうとする沢近を、あ、それなんですけど、と呼び止めるサラ。
「私たち、これからお昼なんですけど――沢近先輩もご一緒しませんか?」
「え……?そんないいわよ、私は別に……」
お世話になりましたしお礼も兼ねて、というその申し出を、たいしたことはしてないわ、とやんわり辞退する沢近。
けれど。
「えー、エリ姉ちゃん来ないの?」
「いこうよー」
「……アナタたち」
短い時間とはいえ、沢近は予想以上に子供たち――とりわけ女の子たちの心をつかんでいたらしく、せがむような彼女たちの輪がその周りに出来上がる。どうやら、幼心にも「如何にして女を魅せるか」という話には興味が尽きない様子。
「まったく、子供にはかなわないわね」
嬉しさと恥ずかしさが半々、という笑みを浮かべる沢近。
「いいわ、それじゃお言葉に甘えさせてもらおうかしら」
そう言ってから、でもいいの?、とちらりと横の方を見る。そこには、それこそ猿山か何かのように男の子たちにしがみつかれ、よじ登られている播磨の姿。さすがにもう反抗する気力もないのか、為すがままになっているその姿は、これはこれで懐かれている……ように見えなくもない。
「播磨先輩ですか?別に大丈夫だと思いますけど――いいですよね?先輩」
あ、そういう意味じゃなくて、と沢近が口に出す前に播磨に確認を取るサラ。
「俺は別に構わねぇよ……ソイツがいいってんならな」
不承不承、という播磨に、周囲から声が上がる。
「なんだにーちゃん、エリ姉ちゃん美人なのにうれしくないのか?」
「ばかだな、オマエさっき見ただろ?兄ちゃんはエリ姉ちゃんがこわいんだよ」
「おう、そっか。……えーと、なんて言うんだっけ、そーゆーの」
「んっとな……あ、そうだ。『しりにしかれてる』!」
「それだそれ!なあ、にーちゃんそうなんだろ?」
「ガキどもが……」
いくらなんでもそれは聞き捨てならないわけで。
「もう容赦しねぇっ!待ちやがれっ!」
そう言われて待つ者がいるわけもなく、わーいにーちゃんが怒ったー、などと笑いながら逃げまどう。つい先ほどの繰り返しである。
「……バカね」
そんな光景に思わず呟く沢近に、そーなの?エリ姉ちゃん、と無邪気に訊いてくる子供たち。
「なっ――そんなワケないでしょ」
「違うんですか?」
即座に否定したところに重ねて尋ねてくるサラ。
「……アナタ」
「ふふ、冗談ですよ。はい、それじゃ行きますよー!みんな戻ってきてー」
その声に、蜘蛛の子を散らすように逃げていった子供たちが、そろってわらわらと戻ってくる。後ろからは、ぜーはーぜーはーと肩で大きく息をする播磨の姿。何をか況や、である。
「うん、みんないるね。それじゃ行こっか」
そう言って歩き出したサラの周りに群がる子供たち。やはりなんだかんだと言っても、サラ姉ちゃんが一番らしい。
「……やるわね、あの娘も」
そんな後ろ姿にぽつりと呟く沢近。
「……あん?何言ってんだお前。おら、とっとと行くぞ」
「わかってるわよ!……って、大丈夫なの?アンタ」
見れば、相当に辛そうな様子の播磨、子供をなめてはいけない、といういい例である。
「けっ、お前に心配される必要なんてねぇよ」
「――そう」
じゃあね、と足早に歩き始める沢近だったが、少し行ったところでちらりと振り返る。
「……」
よろよろと歩く播磨の姿。
「もう、いくら時間があっても足りないじゃない――」
言って、ずんずんと播磨の方に向かう。
「な、なんだよ。俺は別に……ってオイ!」
「いいからとっとと来なさい!」
前方から聞こえてくる、サラの大丈夫ですかー、という声に、今行くわ、と答えて。
(……なんで私がこんなことしてるのかしら)
そんなことを考えつつ。
「な、ちょ、だから俺はっ」
沢近はもう一度歩き出した。
「黙りなさい。きびきび歩く!」
播磨の腕を引いて――