Winding Road




 みーんみんみんみんみんみん、みーんみんみんみんみんみんみん……
 夏の終わりを生き急ぐかのように、蝉時雨が降り注ぐ。その声を耳にしながら、ヒゲにグラサンの高校生――播磨拳児は溜息をついていた。
(天満ちゃん……)
 悩みの種はもちろん彼女のこと。告白の機会をことごとく逃し、あまつさえにあらぬ誤解までされ、なんとかその誤解は解いたものの、状況は依然と一向に変わっていない。
 最近では、自分はこのまま高校生活を終えてしまうのではないか、いっそのこと本当にマンガ家になってしまうか、とまで考えている。天満に次ぐポジティブシンキングの播磨であるが、さすがにいささか参っているらしい。
(天満ちゃん、俺は……)
 廊下をとぼとぼと歩きながら、幾度目かの溜息をつく。
 そのとき。
「あ、いたいた!播磨君」
「って、てん……塚本」
 唐突に背後からかけられた声に動揺する播磨。以前なら喜びもしたところだろうが、今はまた俺何かしたっけか、とそちらの思考が優先される。
「あのね、この間のキャンプの写真が出来たから渡そうと思って」
「お、おう。そうか」
 そんな播磨の様子にはまったく気がつかず、ごそごそと写真を取り出す天満。
それを見てほっと胸をなで下ろした播磨だったが。
「えーと、播磨君のは、これでしょ、あとこれと……」
(天満ちゃんと二人っきり)
 こっそり周囲を見回してみれば、幸か不幸か他の生徒の姿は見当たらない。
「あと、これこれ!おかしいよね、愛理ちゃんったらさ……」
(これはチャンス、なのか……?)
 数多の機会を棒に振ってきた播磨、今度こそは、と心を引き締める。
「……播磨君?どうかしたの?」
 ここに至ってようやくその妙な雰囲気に気がついた天満が尋ねるが、播磨には聞こえていない。
「いいか塚本、聞いてくれ」
「う、うん。いいけど……」
 いつになく真剣な播磨にどこか気圧される天満。
「俺は君のこ……」
 とが好き、という言葉はまたしても飲み込まれて消えていく。何故なら。
(あんのクソアマ……)
 天満の向こう、角を曲がって現れたのは、よりにもよって沢近だった。今の俺なら誰がいても言い切れるぜ、などと思っていた播磨だったが、さすがに分が悪い。
「何?播磨君」
「いや、あのよ……」
 これ以上ない、という位に宙ぶらりの状態になってしまう播磨。
「……なにやってるの?あなたたち」
 にじみ出る播磨のやるせなさを察したのか、怪訝な表情の沢近。
「あ、愛理ちゃん。播磨君にこの間の写真渡そうと思って……」
 ふうん、と言いつつ播磨の方を見る。それはどう見てもただ写真をもらうだけの雰囲気ではない。
「……な、なんだよ」
「あのね、ちょっと前から思ってたんだけど。アンタって……」
「あーあーあーあー。チョットイイデスカサワチカサン?」
 そのままずりずりと沢近を引きずって、天満から少し離れる播磨。
「……お前、今何言おうとした」
「別に?なんでもないわよ」
 ツン、とした態度で答えてから、それとも、と続ける。
「言われて困るようなことがあるのかしら?ヒゲの分際で」
「なっ……お、お前にゃ関係ねェだろうが」
「へえ……?」
 ぐ、と言葉につまる播磨。相手が天王寺辺りなら問答無用でぶっ飛ばせば済むことだが、いくらなんでも女の子相手にそれは出来ない。
「……」
「……」
 静かに睨み合う二人。さすがに天満もおかしいと思ったのか、とてとてと駆け寄ってくる。
「どうしたの?二人とも……」
「ううん、なんでもないわよ。ねえ、播磨君?」
「……おう、別に」
 それじゃ、とさっと身体を反転させて去っていく沢近。
「……なんなんだよ。ったく」
「愛理ちゃん、泣いてた……?」
 播磨と天満。それぞれの呟きは小さすぎて相手の耳には届かない。
「っと、写真、だったよな、確か」
 気を取り直して言う播磨。
「うん。でもその前に」
 私訊きたいことあるんだ、と真剣な顔で天満。
「おう、なんでも訊いてくれよ」
 その表情に内心動揺しつつ、虚勢を張る播磨。
「……播磨君って、好きな人、いるの?」
「なっ……!?」
 問いかけはストレートだった。
 小細工も何も一切為し、文字通りのど真ん中に投げ込まれたボール。
「俺は……」
 バットを振りさえすればいい、そうすれば確実にボールには当たるだろう。それがどこに飛んでいくのかはわからないが、少なくともひたすら空振りに終わってきた今までとは違う。
「俺はっ!」
 キーンコーンカーンコーン。
 けれど、世の中というのは無情なものである。授業の始まりを告げる鐘の音。
「ごめん播磨君、続きは後でねっ」
 走り出す天満。俺は今ここでも、と言いかけた播磨だったが、天満の背中はもう遙か先。
「ほら、播磨君も早くしないと!」
「お、おう!」
(なんでいっつもこうなるんだよ……)
 やるせない思いを押し込めて、心で泣きつつ播磨も教室へと走り出した。





 放課後。
「播磨君、さっきの……」
「すまねえ、ちょっと用事があってな……」
 そう言い残して教室を出て行く播磨。その背中に、じゃあ私待ってるから、という天満の声。
「……」
 すたすたすた、と教室を出てからしばらく歩いた後で。
「……何逃げてんだよ俺」
 頭を抱える。
(天満ちゃんの方からだぞ、どう考えたって最高じゃねェか!)
 ごすごすと壁に頭をぶつける。周りの生徒たちがざざざと音を立てて引いていくような気がしたが、そんなことは播磨にとって些細なこと。
(一言……たった一言で済むのによ)
 とぼとぼと歩きながら考える。
(手紙も、海んときも、キャンプも……)
 そこで気がつく。
(なんだよ、結局いつも言えねえ俺が悪いんじゃねェか)
 後一歩、それが踏み出せないのは自分のせい。今日もまたその手前で逃げ出そうとしている。
(……イケネェ。いつまでもこんなことやってられっかよ)
「俺は天満ちゃんが好きだ」
 口に出す。
「……よし、行ける。今の俺に怖いものなんてねぇ」
 その一言で自信を――あっさりと――取り戻し走り出す。
(天満ちゃん、今日こそ……!)
 そして、目指す教室のドアをガン、と叩きつけるようにして開ける。
「あ、遅いよ播磨君。もう待ちくたびれちゃった」
 塚本天満はそこにいた。
「悪ぃ。どう答えたらいいか考えてたんだ」
(さあ、行くぜ俺。聞いてくれよ天満チャン!)
「そうなんだ……じゃあ大丈夫だね」
 俺は、と言いかけた播磨。あっさりと天満に出鼻をくじかれる。
「それだけ真剣に考えてるんだもん、きっと伝わるよ、播磨君の気持ち」
「そ、そうか……じゃなくてだな、俺は」
「だからちゃんとその人に伝えないとダメだよ」
 そう言って、もう話は終わった、というように立ち上がる天満。
「ちょ、待、俺の返事は聞かなくて……」
「聞かなくてもちゃんとわかったよ、播磨君に好きな人がいるっていうこと」
「あーいやだからそれは……」
「でもそういうのってやっぱり本人以外には言えないよね、恥ずかしくて」
 だからいいよ、と笑う天満。
「そ、そうか」
 その笑顔に和む播磨。
(……じゃねえっ!ここで言わないでいつ言うんだよっ!)
「頑張ってね、播磨君」
「つ、塚本!」
 ドアに手をかけていた天満が、なに?、という顔で振り向く。
(ここだ!ここしかねぇっ!)
「……播磨君?」
「……アリガトウ」
「ううん、こちらこそどういたしまして。それじゃ、また明日ねっ」
 がらがらがら、ぴしゃ。
 ドアが閉まる。
「……………………」
 がくり、と膝をつく播磨。
「またかよ……」
 どうしても言えないその一言、加えてまた誤解されてしまった気もする。
「俺は、俺は……」
 たっぷり五分ほど落ち込む。
(でもきっと伝わるって言ってくれたよな、天満ちゃん)
 そしてきっちり立ち直る。
「まだ……まだ終わったわけじゃねぇ」
 ぐっと拳を握りしめたりしつつ、窓の外を見る。
「夕陽が目に染みるぜ……」





 翌日。
「おはよう播磨君」
 オハヨウ、と天満に挨拶を返す播磨。決意も新たに、久々に一時間目から登校である。
「ずいぶん機嫌がいいじゃない。何かあったのかしら?」
 その播磨を見もせずにいう沢近。
「……お前にゃ関係ないだろうが」
「そうね。アンタみたいなヒゲのことなんか、私にはまったく関係ないわね」
「……」
「……何よ」
 朝から火花を散らす二人。
 その様子を見ながら、
(やっぱり播磨君の好きな人って……)
 そんなことを思う天満。
「……ッ!」
「……っ!」
 新たな勘違いが生まれているとは知らず、舌戦を繰り広げる二人。
 播磨拳児、高校二年生。
 その恋路は果てしなく険しい――――