バイオグラフィー
92年〜95年

☆1992年☆
【2月】 右遠は、セッション活動で意気投合したドラマー川勝健次郎を迎え、和解した林 睿昌(Key)、スティック奏者の松浦正平(元、夢幻、マグダレーナ等…)らと共にミダスを再始動させる。
約8ヵ月間を作曲とスタジオ・リハーサルに費やし、その間に『光の雨』、『Future Life』、『静かな夜と無言の空』、『昇天』など計7曲もの新曲を書き下ろす。
【11月】 古巣バハマにて4年ぶりに復活ライブをおこなった。
☆1993年☆
【1月】 バハマにて復活後2度目となるライヴを行う。
【7月】 バハマにてライヴを行う。ライヴでは、のちにセカンドアルバムのラストを飾る『Line』が発表される。
【11月】 バハマにてこの年の活動を締めくくるライヴを行う。
☆1994年☆
【4月】 のちに本拠地となる京都のライヴ・ハウス都雅都雅で「るぶりんShip」とするイベントを共同企画し、自らも参加(共演:呉ひとし、織田美和ほか)。
【6月】 尼崎のライヴ・スクエアVIVREに出演。
【8月】 京都:都雅都雅にてライヴを行う。このライヴにて、スローナンバー『Lovers』が初演される。
【10月】 ミダス史上初の野外ライヴを大阪南港ATC、O'sにてワンマンで行う。同月、尼崎ライヴ・スクエアVIVREに再出演(共演:AQUAほか)。
【11月】 久しぶりの東京公演を吉祥寺シルバーエレファントにて行う(共演:バンビーノ)。
【12月】 この年最後のライヴを京都:都雅都雅にて締めくくった(共演:One Way)。
この年は、春以降月1回ペースで精力的にライヴ活動を行った。
(94年、ファースト・アルバムが根強い人気で再々リリースされる。)
☆1995年☆
【1月】 阪神大震災のためライヴ活動が困難となる。そのためスローな曲ばかりを集めたカセット・ミニ・アルバム(限定100セット)を自主制作、販売する。
【3月】 アメリカのロック雑誌「EXPOSE Vol.6」にて紹介される。
【7月】 京都:都雅都雅におけるワンマン・ライヴにて活動を再開する。
【9月】 大阪アム・ホールでのプログレイベントに出演。このライヴにて『地球にて』初演。
【10月】 JR大阪駅前特設屋外ステージにてワンマン・ライヴ(主催:サン・イディ)を行い、動員新記録を樹立。このライヴにてその後長年に渡ってライヴでのオープニングナンバーとなる『Flying Denture』が初演される。
【12月】 神戸:アート・ハウスにて、この年のライヴ活動を締めくくる(共演:シュール、呉ひとし&山本あおい)。



