ピアノ、それは外の世界への窓

 作曲家フレデリク・ショパンの生誕200年を今年の3月1日に迎えて、ヴィスバーデンのピアニスト 武田牧子・ヘルムスが、彼の作品を弾く意義について語る

2010年2月27日のヴィスバーデナー・クーリア紙に掲載された記事【PDF】
質問者  Dr.ヴィオラ・ボルドアン(ヴィスバーデナー・クーリア紙文化欄担当主任)

 武田牧子・ヘルムスさん、どんな形でショパンに出会われたのか、また彼の作品を最初に弾かれたのはいつですか?

 ショパンの音楽は子供のためのものではありません。彼の音楽を弾くためには、それなりの音楽的基礎と特別なテクニックが必要です。ですから私も子供の時から、いつになったらショパンが弾けるようになるだろうとずっと憧れていました。そして12歳の頃、初めて先生からショパンの曲を頂いた時、やっと自分もショパンが弾けるようになったかと、とても誇らしく思ったものです。

 ショパンの全作品はすべてピアノのために書かれたと言っても言い過ぎではありません。
どうして彼は他の楽器に興味を持たなかったのでしょう? 

 おっしゃる通り、ショパン以外に彼のように、ピアノにだけその芸術を捧げた作曲家はいませんね。けれど、彼はそうかといって、ピアニストとしてリストのように、全ヨーロッパを制覇するようなキャリアがあったわけでもありません。彼は、社交界からひっそり離れて存在することを愛した人で、大きな演奏会場よりサロンという形の方を、発表の場として取りました。それは、もしかしたら彼が病気がちだったことも関係しているかもしれません。ピアノはそういう意味で、彼にとって外の世界への窓だったのだろうと思います。

 彼は、ピアノが彼の芸術を表現するに、一番ふさわしい楽器だったと思ったのでしょう。
ピアノは何と言っても、小さなオーケストラといっても言い過ぎでないほどですもの。
ショパンがその全生涯を通じて、ピアノにその精魂を傾けたということは、本当にすばらしいことだと思います。

 

先ほどショパンの病気(結核)について話されましたけれど、彼の音楽の中にその影響を感じられますか?

普通一般には、ショパンの音楽は女性的で柔和と言われていますが、正反対だとわたしは思います。ショパンの世界観、人生観は大変男性的です。
わたしは彼の音楽に、病気の影をみじんも感じたことがありません。

 

 彼の作品の中でどこにその「男性的」なものを感じられますか?

 例えば「幻想曲」では、まさに兵隊の行進曲といっていいメロディとリズムが出てきますし、それが高揚して爆発するようなエネルギーに変化していきます。もし、彼が病弱でなかったら、自分自身が戦争のまっただ中で、その最前列に参加したかったのではないでしょうか。
そういうことを感じさせる半面、ショパンはまた、正反対に大変研ぎ澄まされた繊細で、デリケートな面をも持ち合わせているのです。

 

 教育者として武田ヘルムスさんは、ショパンを生徒にどう教えられますか?

 まず生徒は、ショパンを弾くのに必要なさまざまなテクニックを準備せねばなりませんが、多くの場合、それだけに留まってしまっています。
ショパンを弾くために必要な、その曲にある背景、他の作品との比較、位置づけなどを何も考えずに弾く生徒があまりに多く、わたしはいつも、そういう話を沢山することになります。本当はピアノの前に座って練習する時間より、もっと多くの時間を割いて、ショパンやその作品に関連する文献を調べたり、音楽を聴く必要があると思います。

 

 武田ヘルムスさんご自身はショパンの作品の中で、どの曲を好んで弾かれますか?

 わたしは普段ノクターン集の楽譜から弾くことが多いです。メロディと伴奏というごく簡素な形式を使いながら、全19曲ともそれもがなんと豊潤で精神の深い所からわたしたちに語りかけてくれることでしょう。

 

 彼の作品はとても、流れるがごとく自然に聴こえますが、実際、弾いていてもそうですか?

 ええ、とても軽やかに聴こえますけれど、それがとても難しいんですよ。
でも時が経てばそれは解決できます。脳の中で一度キャッチされたものは、たとえその曲を弾かなくても、時間の経過でワインが熟するように、その内容も熟していくのです。

 

 ショパンは一体何が難しいのでしょう?

 歴史的・世界的ピアニスト アルトゥール・ルビンシュタインがある時こう言いました。
「ショパンは私にとって音楽ではない、言葉です」。
その通りだと思います。

 ポーランド人ショパンはどこまでフランス風だったでしょう?

 (笑)彼はかなり悩んだでしょう。彼はこの二つの世界で決して居心地良くなかったと思いますよ。パリでは彼はやはり異邦人でした。彼は故郷に帰りたかったけれど、フランスで日々の糧を稼がねばなりませんでした。彼の作品の中には、その孤独感・寂寥感がとても感じられます。そしてそこに彼の音楽家としての精神的深さが存在するのです。

 ピアノ史の中でショパンはどんな存在でしょう?

 ショパンがいない音楽史は、とても貧しいものになったことでしょう。

 武田牧子・ヘルムスさんご自身にとってショパンはどんな意味がありますか?

 私は3大B(バッハ・ベートーヴェン・ブラームス)を勉強するためにドイツに来ました。ショパンも大切な存在ではありましたが、いつも片想いの状態が長く続いたのです。私がショパンを本当に理解した時、彼の方からも歩みよってくれたのです。理解の広がりと深み、これは素晴しいことでした。