栃木弁の発音


発音の例

   まず最初に、栃木弁の実際の発音を聞いてみましょう。下の例文をクリックしてください。
なお、このHPの栃木弁の音声ファイルのほとんどは、私の父(1930年宇都宮旧市内生まれ)の発音を録音したものです。父親は生まれも育ちも宇都宮の旧市内です。旧市内のこの世代の発音の特徴を挙げると、語中閉鎖音の濁音化は見られませんが、鼻濁音は残っていますし、様々な栃木弁のイントネーションも駆使することができます。

『父と息子の会話』
父:「ちょっと買い物してきてくれる?」
息子:「おれ今いそがしいんだきっと...」
父:「そんなの後でやりゃよかんべ」
息子:「今日中にやってくれって頼まれたから...」
父:「んじゃしゃーねーな。俺ちょっと行ってくっから」

だいたいの雰囲気はつかめるかと思います。


由緒正しい発音

 次に、もうちょっと上の世代の由緒正しい発音を聞いてみることにしましょう。聞いてもらうのは、NHKから出ている『全国方言資料第2巻 関東・甲信越編』付録のテープに入っているものです(ただし、たぶん現在は絶版になっていると思います)。昭和30年代に黒羽(U字工事の益子卓郎さんの出身地です)で録音されたおじいさんとおばあさんの会話です。なお、版権の問題などありましたら、HPの管理者までご連絡下さい。

1.「服、あんまりボロボロになって、あれ、しゃあんめ?」「そんだきっと、あれだ、父ちゃんもシャツでも買ってきたらよかんべ?」「何を言うんだィ」(服があまりにもボロボロになって、あれ、しょうがないだろう?)(だけど、お父さんもシャツでも買ってきたらいいでしょう?)(何を言うんだよ)

2.「なんだー、麦めしでも何でもいいから、弁当にぎれ。オレは、あのー、大田原の、宇都宮行きの、7時半のバスでいぐべと思んだ」(麦飯でも何でもいいから弁当をにぎれ。オレは大田原に宇都宮行きの7時半のバスで行こうと思うんだ)

3.「早かったね」「早くもねえよー。4時半で帰ってきたけんども、どうも、ここまで来たっくれ、くたびれんなー」「そだんべね」(早かったね)(早くもないよ。4時半のバスで帰ってきたけど、ここまで来るとくたびれるなあ)(そうでしょうね)

4.「見てみろお前この服。どうだ、ほら」「安かった?」「安くね。何が、黒羽だって大田原だっておんなじだ。」「そだんべ?」「いやー、汽車賃かけるだけ損だ」(見てみろお前この服。どうだ、ほら)(安かった?)(安くない。黒羽だって大田原だって同じだ)(そうでしょう?)(いやあ、汽車賃かけるだけ損だ)

5.「いくらしたの、こんで」「これ、なんだがやー、どーも、いくらだか、まあ、当ててみろ、おっかー。まさか、毎年買ってっから分かっぺ?」(いくらしたの、これで)(これ、いくらだか、まあ当ててみろ。お母さん。さすがに毎年買ってるから分かるだろう?)

すべて聞く(約16分。11.2MB)

『全国方言資料』に収録された全国の方言の中でも、この栃木弁の録音は、たいへん生き生きとした自然なものになっています。中舌母音、語中閉鎖音の有声化、様々なイントネーションなど、栃木弁の音声現象がよく分かります。特にイントネーションは様々なものがあり、色々なニュアンスを伝えています。栃木弁のイントネーションは、言語学的な研究対象としてもたいへん興味深いものです。最近の標準語化により、若い世代ではこのようなイントネーションが徐々に失われつつあります。私はこのことに一抹の寂しさを感じています。(U字工事は方言の話し手としては若い世代と見なしてよいと思いますが、栃木弁の色んなイントネーションを使いこなしています。たいしたものだと思います。)

発音の特徴

 次に、栃木弁の発音について下にちょっと詳しく説明しておきましょう。

(1) アクセントによる単語の区別がありません。たとえば、「橋が」と「箸が」と「端が」は、東京弁ではアクセントで区別されますが、栃木では区別しません。「雨」と「飴」、「乞食」と「古事記」なども同様です。栃木の場合、アクセントによる単語の区別がなく、なおかつ固定した位置にアクセントが置かれるわけでもないので、無アクセントの方言と呼ばれます。下の地図で赤く塗られているのが、アクセントによる単語の区別がない地域です。

江端義夫他編(1998)『最新ひと目でわかる全国方言一覧辞典』(学習研究社)p.335より転載。クリックすれば大きな画像が見られます。なお、この地図では、句末などの固定した位置にアクセントが置かれる方言(宮崎県都城市の方言など)も「無アクセント」に分類しています。

(2) 尻上がり調のイントネーションを多用します。特に疑問文ではそれが激しく、「オメー、ドーシテコンナコトシテンダー」(お前、どうしてこんなことしてるんだ?)「デーコンタベテーンダキットモ、カッテキテクレッケ?」(大根を食べたいんだけれども、買ってきてくれる?)などはダラダラーッと上がっていくイントネーションを使います。
 また、問い返しや確認の疑問文では、最後の1文字の部分を急激に下げるイントネーションが使われます。たとえば、「アシタ、行クベ」(明日行こう)に対して、「明日?」と聞き返すとき、「アシタ」の「タ」のところを上から下へと急激に下げます。「コレ、食ベテイー?」(これ、食べていい?)でも、最後の「イー」を急激に下降させます。これは他の地域の人には肯定文に聞こえてしまうことが多いようです。

(3) 共通語の「アイ」「オイ」「アエ」が「エー」になることが多い。これは東京弁と同じです。たとえば、「シラネー」(知らない)、「オセーナヤー」(遅いなあ)、「ケーッタ」(帰った)など。あと、共通語の「アウ」が「アー」になります。これは東京弁と異なる点です。たとえば、「ミッチャーンダ」(見てしまうんだ)など。

(4) 「ッチャウ」「ッカラ」など、自立語と付属語の間に「小さいツ」が入ることが多いです。たとえば、「タベッチッタヨ」(食べちゃったよ)、「タベネーッチッタ」(食べないでいてしまった)、「キョーッカラ」(今日から)など。

(5) 「イ段」と「エ段」の発音の区別が曖昧になることがあります。あと、「ウ段」の音も、かなり「イ段」の音に近くなることがあります(中舌化)。栃木の年輩の女性にはよく、「チイ」「ミイ」「チイ子」「ミイ子」などの名前があります。これはおそらく、「チエ」「ミエ」「チエ子」「ミエ子」の間違えなのではないかと思われます。
 なお、「イ」と「エ」の混同については、那須町出身の大平さんが、「生井さんという人が自己紹介するとき、『私のナマイ(名前)は、ナマエ(生井)です』と言って笑われた」という話を教えてくれました。(99.11.1追記)
 栃木弁では、「ユ」や「ュ」が「イ段・エ段」に合流してしまうこともよくあります。たとえば、うちの祖父は「雪」を「エキ」と発音していたし、「授業」も「ジギョウ」と発音する人が多いです。cf.「チョージ」(長寿、弔辞)。

(6) 共通語の「タ行(チャ行)」と「カ行」が語中で「ダ行(ジャ行)」「ガ行[g](鼻濁音ではないガ行)」になります。たとえば、「ハダゲ」(畑)、「ジジイダイ」(自治医大)、「ハグ」(履く)など。

 このうち、(5)と(6)は、50代以上の比較的年輩の人たちに見られる特徴です。40代以下ではこうした現象はあまり見られません。栃木弁の「ズーズー弁」的特徴は、このあたりからかもし出されます。

 最近は栃木県にも他地域からの流入者が増え、またテレビ・ラジオの影響とも相俟って、都市部や県の南部では共通語化がけっこう進んでいます。それにもかかわらず、(1)から(3)の特徴はいまだに若い世代に根強く残っています。特に(1)と(2)は栃木弁を栃木弁らしくしている最大の特徴だと言えます。両方とも日本語の文字では書き表せませんので、これ以外の要素は共通語化している若い世代の栃木弁を文字で書き表すのはなかなか難しいのです。つぶやきシロー(おそらく栃木県南部、茨城県境の野木町近辺の出身か?)や、立松和平、船村徹、渡辺貞夫、ガッツ石松etc.のことばが訛って聞こえるのも、この(1)と(2)が主な原因です。栃木訛りは北へ行けば行くほど、あるいは東へ行けば行くほど強くなります。だから、もし栃木訛りが聞きたければ、東北本線で行く場合には少なくとも小山を越えて小金井や石橋まで足をのばすのが確実です。

 栃木出身の人がよく「訛りがとれない」と言われるのは、栃木弁に元来アクセントの区別がなく、ないところからアクセントの区別を作り上げるのが大変だからだと思います。近畿系の方言の場合などには共通語以上に複雑なアクセントの体系があり、極端にいえば、共通語でしゃべるときには自分の方言のアクセント体系を共通語のアクセント体系にずらせばよい(!?)ので、アクセントの区別を「作り上げる」ということをしなければならない地域の人よりは共通語をしゃべるのが楽なのでしょう。

 栃木弁のようにアクセントの区別のない方言は日本中にたくさんあり、そのうち栃木と同じ「無アクセント」と言われる特徴を持つ方言が話されている地域の代表例は、茨城、福島、宮城、福井市、宮崎などです。しかし、同じ無アクセントでも、聞いた印象が異なることがあります。これはたぶんイントネーションのパターンが違うからです。たとえば、茨城弁は栃木弁と相当部分似通っていますが、イントネーションに関していえば私の耳にはけっこう違って聞こえることがあります。
 ところで、無アクセントについて、よく方言学の教科書などに「アクセントの知覚がない」と書いてありますが、これは「音の高低の認識ができない」という意味ではありません。このへんを日本語の専門家でさえもが取り違えていて、「無アクセントの地域の人が音痴なわけではない」などと但し書きをつけていることがあります。しかし、こんな但し書きをつけていること自体、おかしいのであって、無アクセントの方言でもイントネーションがあるのだから、音の高低の認識ができるのは当然なのです。栃木県人でも、共通語の「雨」と「飴」の発音を聞いて、ピッチの違い自体を認識することはできるのです。ただ、最初を高くするほうが「雨」で、後ろを高くするほうが「飴」であるという認識がないだけの話です。皆さん、このへんをお間違えなく。
 ちなみに、アクセントの区別がある方言においては、アクセントの機能のひとつとして「句(あるいは語)の境界を示す機能」があるとされています。一方の無アクセントの方言においては、「アクセント」以外の要素が「句の境界を示す」という働きを担っていると思われます。おそらくイントネーションやポーズが、その目的のために使われているのではないかと私は考えています。つまり、無アクセントの方言では、句の境界を示すために、アクセントを有する方言とは別の方法をとっているということになります。私がここで強調したいのは、無アクセント方言の話者は、自分の方言に「アクセントが無い」というふうに否定的に捉えるのではなく、「アクセントを持つ方言とは異なる方法を駆使しているのだ」と肯定的に捉えてほしいということです。


ガ行鼻濁音

  「ガ」と「カ゜」の発音についてちょっと。栃木では、東京に比べると、いわゆるガ行鼻濁音がよく残っています(特に北部や東部)。専門的な用語で言うと、普通の「ガ」の子音は「有声軟口蓋閉鎖音」、鼻濁音の「カ゜」の子音は「有声軟口蓋鼻音」という音です。それぞれ/g/と/ng/と書くことにしましょう。ガ行鼻濁音を持っている人は、/g/と/ng/の違いで単語の意味を区別することもできます。例えば、国語学の世界では有名な例ですが、「オオガラス」と発音すると「大きいガラス」の意味で、「オオカ゜ラス」と発音すると「大きいカラス(烏)」の意味になります。「ジュウゴ」と発音すると「十五」、「ジュウコ゜」と発音すると「銃後」になります。

他にも、私が作った例を挙げますと、「ニセガイシャ」/nisegaisya/と発音すると「ニセの外車」、「ニセカ゜イシャ」/nisengaisya/と発音すると「ニセの会社」の意になります。残念ながら、鼻濁音を私自身(1966年生まれ)は持っていません。父親(1930年生まれ)ははっきりと区別しているんですが。世代間の差がこのあたりにも現れています。

実際の発音を聞いてみましょう。私の父の発音です。

「ニセ外車」/nisegaisya/

「ニセ会社」/nisengaisya/

鼻濁音の存在する方言の分布については下の地図を参照してください。(ただし、若い世代では分布地域がかなり違ってきています)

江端義夫他編(1998)『最新ひと目でわかる全国方言一覧辞典』(学習研究社)p.336より転載。クリックすれば大きな画像が見られます。


昭和46年(1971年)の5才児

私は18才で上京し、そこで東京方言の大きな影響を受けました。実は、それ以前にどういう言葉をしゃべっていたのか、よくは思い出せないのです。自分の声を録音したものはほとんど残っていないので、自分が上京前にいかなる言葉を使っていたのか、今となっては分からないだろうなとあきらめていました。しかし、宇都宮の父母の家に、昭和46年のある休日の家族の模様を録音したテープが残っていることが分かりました。聞いてみたところ、下手な歌などの合間に家族の会話がところどころ録音されており、私が5才のときの発音がほんの少しだけ残されていました。非常に断片的なものですが、昭和40年代の宇都宮の子供がどのような発音していたのかがわずかなりとも垣間見えるので、ここにあげておくことにしました。特にイントネーションに注目して、ちょっと分析してみましょう。

カルタ取り
「踏切あぶない、よく見て渡ろう」/humikiri abunai, yoku mite wataroH/
カルタの読み札を読み上げています。栃木弁独特の読み上げのイントネーションが出てきています。一つのまとまり(音調句)の中で、まずは上昇し、ピークを迎えた後、今度は下がっていきます。栃木弁話者に文章を読ませたときによく見られるイントネーション・パターンのひとつです。

「ねえ、お母さん、読んで」/neH, okaHsaN, yonde/
「お母さん」の部分で、呼びかけに用いられる上昇イントネーションが出ています。

「何だお母さん。何だ。お母さん教えてんだがら」/naNda okaHsaN. (na)Nda. okaHsaN osieteNdagara/
母が4才半下の妹(当時1才)に取り札を教えたことに不満を示しています。 最初の「お母さん」の末尾で、不満を表すイントネーションが出ています。急激な「上昇+下降」で不満を表しています。「だから」の「か」の子音が有声化していることにも注目です。

「踏切あぶない、よく見て渡ろう。焚き火は危ない、大人と一緒」/humikiri abunai, yoku mite wataroH. takibi wa abunai, otona to iQsyo/
最初と同じく、カルタの読み札を読み上げています。「踏切あぶない、よく見て渡ろう」と「焚き火は危ない、大人と一緒」は、もし東京式アクセントで読めば異なるピッチ曲線が現れるはずですが、ほとんど同じ抑揚で読んでいるところに注目していただきたいと思います。

水槽の中の鮒(フナ)
「鮒(ふな)、ね、鮒ってみ」「鮒。鮒、鮒、鮒、鮒」/huna, ne, hunaQte mi/ /huna. huna, huna, huna, huna/
水槽の中の鮒を観察しているところです。最初の声は4才半下の妹です。妹の発話で、最初の huna は「高低」で発音されていますが、二番目の huna は「低高」で発音されています。また、私の発話では、最初の huna は「低高」で発音されていますが、二番目以降の huna は「高低」で発音されています。このように、栃木弁では、単語の中のピッチの高低が一定していません。

「金物入れておくと...。ねえ、お父さん、ひとつだけでも大丈夫なの?この金物」/kanamono irete okuto... neH otoHsaN, hitocu dake demo daijoHbu nano? kono kanamono/
「入れておくと」の「と」の部分に見られる下降イントネーションが重要です。長いポーズの前で、後にまだ言葉が続くということを表す、栃木弁で非常に頻繁に見られるイントネーションです。また、「お父さん」の部分で、呼びかけに用いられる上昇イントネーションが出ています。

「ねえ、これ、ちょっと。このぐらいでだいじょうぶなんだよね。食べられんだ」/neH, kore, cyoQto. kono guraide daijoHbu naNda yo ne. taberareNda/
「ちょっと」の「と」の部分で下降イントネーションが現れています。注意喚起のイントネーションと位置付けることができるかもしれません。「ぐらい」の「ぐ」の子音はガ行鼻濁音ではなく [g] で発音されています。テープを聞いてみると、私の発話の中にはガ行鼻濁音も出てきていますので、この当時、私のガ行音の発音には揺れがあったのかもしれません。現在、私はガ行鼻濁音を用いることは基本的にありません。

「エサもあげないと死んじゃーよ。あっちもこっちも」「水取り替えたときに入れんだ。水取り替えたときに」「エサは?」「ちがー、あの...」/esa mo agenaito siNjaH yo. aQci mo koQci mo/ /mizu torikaeta toki ni ireNda. mizu torikaeta toki ni/ /esa wa?/ /cingaH, ano.../
標準語の「死んじゃう」に相当する部分が「死んじゃー」と発音されています。標準語 au が ah と発音されるのは栃木弁の特徴です。また、問い返しや確認の疑問文に見られる急激な下降イントネーションが、「エサは?」の「は」の部分に出てきています。上にも述べた、栃木弁で非常によく使われるイントネーションのひとつです。なお、父親の「ちがー」(違う)の「が」は、ガ行鼻濁音で発音されています。

なぞなぞ
「タイはタイでも、人間のからだにあるタイは?」/tai wa tai demo, niNgeN no karada ni aru tai wa?/
「タイはタイでも」の「も」の部分で、やはり、長いポーズの前によく現れる下降イントネーションが用いられています。

腹痛
「でも、僕、おなか痛いんだよ、まだ。ご飯食べないと治んないんだよ」「ご飯食べな」/demo, boku, onaka itaiNda yo, mada. gohaN tabenai to naoNnaiNda yo/
「でも、僕、おなか痛いんだよ」の部分で現れるゆったりとした上昇調イントネーションは、聞き手に深い理解を求めたいときによく使われるイントネーションです。


「崩壊アクセント」という呼び方について

 ところで、「無アクセント」のことを、「崩壊アクセント」と呼ぶことがあります。これは、無アクセントの方言が、有アクセントの方言のアクセントが崩れることによって生じたという考え方に基づいた呼び方です。しかし最近は、この逆の方向、つまり、「無アクセント→有アクセント」という変化を考える山口幸洋先生のような研究者もいます。この考え方によれば、無アクセント方言は、アクセントという現象面において、有アクセント方言よりも古い日本語の姿を保っているということになります。この説については、専門書ですが、山口幸洋著『日本語方言一型アクセントの研究』(ひつじ書房、1998年刊)を参照してください。この本の中で山口先生は、栃木県の足利方言の東京的なアクセントは、隣接する有アクセント方言との接触により、「無アクセント→有アクセント」という変化を経て生じた可能性があるということを示唆しています。実際のところ、有アクセントが崩れることによって無アクセントが生じたという考え方は、証明されたわけではありません。一種の思いこみなのではないかという気さえします。日本語アクセント研究の大家である平山輝男先生は、「あいまいアクセントや無アクセントにならないように努めることは、言語生活の上でも、国語教育の上からも大切なことである。明瞭なアクセントからあいまいなアクセントが生まれるのは、日本語アクセントの性格として、内的自律変化でもあるが、一面、言語生活での一種の油断、あるいは自己の発音に対する無自覚も原因の一つである」(NHK編『日本語発音アクセント辞典』1985年刊、巻末p.48)などと述べて、「有アクセント→無アクセント」という変化を当然のものとして捉えています。しかし、このような方向の変化は、決して証明されているわけではありません。なお、上に挙げた平山先生の文章における「言語生活での一種の油断、あるいは自己の発音に対する無自覚も原因の一つである」という部分は、笑止千万と言ってもよいものです。

 「崩壊アクセント」という言い方は、「有アクセント→無アクセント」という変化のみを前提とするものですから、学術用語としてふさわしいとは言えません。「無アクセント→有アクセント」という変化と「有アクセント→無アクセント」という変化のどちらが過去の日本語において起こったのかという問いに対しては、少なくとも現段階では「どちらも可能性がある」と答えるのが科学的かつ良心的な態度だと私は思います。方言によって無アクセントの来歴が異なる可能性もあります。

(山口幸洋先生の説は、『方言・アクセントの謎を追って』(悠飛社、2002年刊)という一般向けの本にも書いてあります。)


つぶやきシローの発音はエセ栃木弁か?

 よく、つぶやきシローの発音が、本物の栃木弁の発音とは違うということが言われます。この問題についてここで考えてみたいと思います。
 まず、私自身は、つぶやきシローの言葉がエセ栃木弁だとは考えていません。彼の言葉には、栃木人ならではの特徴がいくつも見られます。例えば以下のようなものです。

●一段動詞+「ちゃう」のときに、小さい「っ」が入る。例えば、「食べっちゃう」「見っちゃう」など。
●「〜しなければならない」を「〜しないといけない」ではなく、「〜しなくちゃなんない」と言う。
●ときどき栃木弁特有の語彙を使う。たとえば、「飽きる」の意味で「あきれる」を使う、「匙」を「おしゃじ」と言う、など。

 それでは、なぜ彼の栃木弁がエセ呼ばわりされるのでしょうか。それは多分、平板なイントネーションをことさらに強調するからではないかと思われます。実際の栃木人の発音を聞いてみると、彼がよく使う最初から最後まで平板なイントネーションだけでなく、ピッチの上がり下がりを伴うイントネーションがけっこう観察されます。ところが、つぶやきシローの発音では、最初低く始まり、そのあと平らなままか、ダラダラと上がっていくイントネーションが徹底して多用されます。おそらく、このあたりが一部の人にはわざとらしく感じられるのではないでしょうか?
 でも私は、これはこれで構わないんじゃないかと思っています。なぜなら、あのようなイントネーションは実際に栃木弁でよく聞かれるイントネーションだということがまず一点。あのイントネーションは、作り物のイントネーションだというわけでは決してなく、実際によく使われるイントネーションであり、かつ、栃木弁を栃木弁らしく聞こえさせる要素のひとつに他なりません。それからもう一点は、方言の特徴を強調するという手法はお笑い芸人などがよく取り入れるものだということです。関西の芸人も、笑いをとるためにわざと古い関西弁を使ったりしています。だから、つぶやきシローだけを責めることはできません。
 つぶやきシローの発音をエセ呼ばわりする人が栃木県人にさえいるのですが、しかし、私はむしろ、栃木弁を世の中に広めてくれた彼の功績をほめたたえるべきなのではないかと考えています。栃木弁はおそらく、全国の方言の中でも、様々な意味において低い位置に置かれてきた方言だと言ってかまわないと思いますが、彼のおかげで、こうした状況は変化のきざしを見せつつあり、少なくとも栃木弁の認知度は高まってきました。栃木県人であるなら、むしろ、彼に感謝するべきなのではないでしょうか。


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