| やじきたのお伊勢参り(暗越奈良街道編) |
やじきたhsとやじきたrtは大阪から暗越奈良街道を奈良へ、奈良から山之辺の道を桜井へ、桜井から初瀬街道を榛原へ、榛原から伊勢本街道を伊勢へ、さらに伊勢から伊勢街道を四日市まで、延べ10日間で歩きました。
大阪高麗橋を基点に暗越奈良街道は始まる。大阪から奈良への最短距離の街道である。高麗橋から南へ行き、国道308号線を東へ進む。都会のビルの谷間の東雲稲荷神社(大阪市上町)には内安堂寺町にあった伊勢街道の道標が保存されている。玉津一丁目交差点から308号線を離れ中本病院前の通りを進むと、明治時代の暗越奈良街道の道標がある。高麗橋から壱里。
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| 東雲稲荷神社(上町1丁目) | 玉津1丁目交差点 (中本病院前を進む) | 暗越奈良街道道標(距高麗橋元標壱里) | 暗越奈良街道案内板 |
平野川の玉津橋を渡り南東に進み、熊野大神宮を経て、古い道標(1806年の銘あり)のあるところで308号線に戻る。長堂で国道とはなれ、国道の北側の道を東に進む。東大阪市に入り、御厨の行者堂には暗越奈良街道の案内板がある。再び国道に出て花園のラグビー場の近くから国道とはなれ北東に入る。
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| 熊野大神宮(大今里) | 左ならいせ 道標 (文化三年の銘) | 御厨行者堂(東大阪市御厨) | ラグビーマンホール(花園ラグビー場付近) |
国道を離れて住宅街を通るが、松原には藁葺きの民家や障子戸の民家が残っている。また嘉永元年(1848年)建立の道標がある。さらに東に進み、恩地川、大阪外環状線、近鉄奈良線を渡ると河内国一の宮の枚岡神社に至る。ここからはきつい登りの道が延々と続く。途中には芭蕉最後の旅となった時(元禄七年:1694年)の句が刻まれた碑がある。
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| 藁葺きの民家(松原一丁目) | 右ならいせ道 道標(嘉永元年建立) | 枚岡神社(河内国一の宮) | 芭蕉句碑(菊の香に くらがり登る節句かな) |
やっとの思いで暗峠(石畳が残り日本の道百選に選ばれている)に着く。峠を越えると奈良県にはいるが、景色は一変して田園風景が開ける。この辺りには古い石仏が多く残っている。近鉄生駒線を越えると白い土壁の古い造り酒屋の菊司醸造がある。
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| 暗峠(くらがりとうげ) | 田園風景(峠を越えて、奈良県側) | 石仏(石造阿弥陀如来立像 文永七年建立) | 菊司醸造(約三百年の造り酒屋) |
生駒市から再び山手に上ってゆき、国道308号線を東に進む。大和郡山との分岐点には江戸時代の本陣跡の村井家住宅が残っている。さらに砂茶屋、赤膚、尼ヶ辻を経て奈良市内に入る。JR奈良駅は1934年建築。駅周辺再開発で駅舎がなくなる心配も。
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| 追分本陣村井家住宅(19世紀初〜中期) | コーヒーカップ(赤膚焼き) | いせ いこま 道標 | 奈良駅(JR奈良駅) |