榛原から宇陀川を渡ると、鮮やかな朱色の鳥居の墨坂神社がある。宇陀川の南側に沿って進み、清水の湧く弘法の清水を経て、玉砂利の参道のある御井神社を過ぎる。オオサンショウウオの生息する内牧川のある自明から高井に至るが、高井からは坂道になる。この辺りには、宮田家、松本家などの立派な古い民家が残っている。
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| 墨坂神社(本殿は1862年ごろ奈良の春日大社本殿を移築したもの。墨坂神、大坂神を祀る) |
御井神社(平安末期には存在していたと推定される。ツルマンリョウの自生地として有名) |
高井の辻の道標(左の道標は1800年建立で、室生山女人...と刻まれている) |
街道の仏隆寺への分岐点(街道は右の坂道を行く。坂のすぐ上に絵馬額のある旧旅籠宮田家がある) |
また、千本杉が見られ、しめ縄がかけられている。諸木野川に沿って行く。諸木野には室町時代に設けられた諸木野関所跡がある。この関所は通行税をとる目的に作られ、大寒は興福寺の僧侶が勤めていました。今は林の中で、昔の面影はありません。山道を登ってゆくと標高695mの石割峠を越える。石割峠を越えると小さな集落に出る。伊勢本街道はこの村の専明寺の境内を通ってゆく。黒岩川に沿って上ってゆき、山粕峠を越えると、問屋址の碑がある曽爾村の山粕の集落に出る。この近くにはススキの群生が美しい曽爾高原がある。ここから再び鬱蒼とした杉木立の道を上り、鞍取峠を越えると、青蓮寺川沿いの土屋原に出る。
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| 千本杉(井戸の周りに杉を密植し、癒合したもの。井戸杉とも呼ばれる。水と樹木を祀っている) |
街道の諸木野の分岐点(街道は右手に行く。この先に興福寺によって設けられた諸木野関跡がある) |
専明寺境内(浄土真宗の寺。伊勢本街道はこの寺の境内を通る) |
山粕峠(伊勢本街道は杉木立の中を通ってゆく) |
土屋原の中村には珍しいラッパイチョウのある春日神社がある。土屋原から桜峠を越えると御杖村に入る。風格のある安能寺、天保三年の銘のある常夜灯を過ぎ、際土良の手前で山道に入り牛峠を越えると、神末西町に出る。ここにも常夜灯と道標があり、常夜灯には文政九年の銘がある。敷津の集落を通り、円山公園を取り巻くように、左手に細い道を進むと、杉木立の中に、女性の性器に似た陰陽石がある。さらに月輪胎蔵界大日如来種子碑などを経て、三多気に出る。この辺りは美しい桜が見られるそうである
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| 土屋原の春日神社(神社鳥居の左手の大きな木はラッパイチョウと呼ばれ、筒状の葉が付く珍しい種類である) |
街道の常夜灯と道標(天保年間の銘のある常夜灯と「左いせみち」の道標。菅野宿の駒繋橋にある) |
姫石明神の陰陽石(倭姫命の病気を全快させたと伝えられ、婦人病などの願い事がかなうとされる) |
杉木立の街道(伊勢本街道はしばらく鬱蒼とした杉木立の中を行く。多気のサクラで有名な真福院のある三多気に出る) |
伊勢本街道は杉平、石名原の町を通って奥津の町に入る。この辺りの街道沿いには太一燈篭という常夜灯が多く見られる。奥津の町には風情のある民家がところどころに見られる。大きな常夜灯のある奥津の谷口から、首切り地蔵、腰きり地蔵を通って、飼坂峠を越えて上多気に出る。この辺りの街道は「歴史の道 百選」に選ばれている。
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| 伊勢奥津の街道沿い民家(JR名松線の終着駅奥津近くの風情のある民家) |
飼坂峠への街道(街道は山道に入り、首切り地蔵、腰きり地蔵を通り、飼坂峠を越える) |
飼坂峠からの風景(峠を越えると、上多気の街が見える) |
上多気の常夜灯(高さ4.9mで街道の常夜灯の中でも最大級。1865年に建てられた) |
北畠顕能は1342年に霧山城を築き、南朝から拝命した伊勢国司の地位をもって室町幕府と対立していた。天正年間に織田軍に襲撃され、霧山城は落城する。北畠神社には伊勢国司の館の庭園遺構があり、国指定の史跡に指定されている。上多気から立川に沿って進む。立川沿いに素朴な味の手作り羊羹を作る店があった。マキの竃を見せていただいた。峠地区から山道に入り上仁柿、下仁柿の集落に出る。静かな山村といった風情が続き、障子戸の家が見られる。仁柿川に沿ってくだり、櫛田川に合流するところが横野で、柿野神社がある。和紙と和牛の里深野の経て進むと、櫛田川沿いに不動院がある。
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| 北畠神社(北畠顕能が築いた霧山城跡の麓にある。室町時代の庭園の遺構を再現した回遊式庭園がある) |
上多気町屋辺りの街道(旧旅籠三鬼屋の残る静かな上多気の街道) |
釜で炊く煉り羊羹(街道は立川沿いに進む。街道沿いの手作り羊羹を作る東屋の竃) |
不動院(真言宗石勝山金常寺。境内には不動滝があり、本堂は1602年の再建。天然記念物ムカデランが自生している) |
不動院からさらに進み、いったん櫛田川から離れるが、再び櫛田川に出合うところが津留の渡し場跡である。渡し場の川の中にはかり岩と呼ばれる岩が残っている。この岩が水没するとかわどめになった。わらじを奉納して旅の安全を祈願した仏足跡碑、いぼ落しを祈願したいぼ地蔵、道標地蔵の歯痛地蔵、1845年建立の四疋田の大常夜灯、鳥が瀬西行歌碑を経てゆくと、次第に多気町相可の町の中に入ってゆく。
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| 櫛田川(不動院の前の櫛田川は奇妙な形の白い石が見られる清流で、昔は料亭が立ち並んでいた) |
まつかさ餅(多気町相可の長新のまつかさ餅。江戸時代から米粒まんじゅうとして親しまれている) |
相可の道標(高さ1.5mの道標は1863年建立で、「伊勢本街道」「すくならはせみち」「左くまのみち」とある) |
多気町の薬種商看板(高さ197cm、巾58cmの薬種商の看板で、江戸時代の面影を残す) |
伏し拝み坂を過ぎれば、都会の中に入る。田丸神社、狭田国生神社、渡会橋、筋向橋、万金丹薬輔を経て、やじきたhsとやじきたrtは外宮に参拝。さらに料理旅館麻吉、猿田彦神社を経て、、おかげ横丁で伊勢参りの雰囲気を楽しみ、内宮に参拝した。
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| 伊勢のしめ飾り(伊勢地方の〆飾りは一年中飾ってある。中央の板には「蘇門将来子孫の家」「笑門」「千客万来」などと書かれている) |
伊勢市常磐町の筋向橋(関西方面からの伊勢本街道と関東方面からの参宮道が合流するところ。) |
万金丹の店舗(胃痛、腹痛、解毒、気付けなどに効く丸薬。小西万金丹薬輔は1676年創業。切り妻造りの建物) |
外宮(豊受大神宮) |
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| 麻吉旅館(創業二百年の料理旅館。昔の風情を残す。この辺り古市は遊郭のあったところ) |
猿田彦神社(猿田彦大神:道しるべの神:を祀る) |
おかげ横丁(昔のお伊勢参りのにぎやかさを再現している。創業1707年の赤福。昔懐かしい生姜糖の岩戸屋などがある) |
内宮(皇大神宮) |
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